第12話 ダンシングブレイド12
「おおおお!」
大ぶりなミノタウロスの斬撃を紙一重で避け、がら空きの手元へ絶叫と共に一撃。手首を半ばまで切断し大斧が地面へ落ちる。
更にがら空きの胴へ一撃、する直前で反対側の腕がヒートの首を掴む。
「は、な゛ぜええええ!」
蛮刀を肘へ叩き込む。ミジリと音を立てて腕が本来曲がらぬ方向へ曲がった。緩む指の拘束を振り切り姿勢をたわめて前へ飛び込む。
ミノタウロスの真下へ潜る体勢から即座に体を跳ね上げて首筋へ逆袈裟斬り、心臓へ刺突、駄目押しに頭骨厚が薄い側頭部へ一撃。流れるような即死を狙う連撃。
派手に倒れるミノタウロスの胴体へ、更に両蛮刀を×の字に振るう
切り裂かれる胸板。その中央へ腕をねじ込む。
塵へと還るミノタウロスの肉塊から、結晶構造の赤く輝く魔石を掴み出す。絡みつく筋肉を無理やり引きちぎり、命の根源を抉る。
「はぁ、はぁ、はぁ、……これで二十個めぇっ!」
ヒートの背後には、かつてミノタウロスだった肉塊のなれの果てが塵となりかけて折り重なっていた。
「はぁ、はぁ、ふぅぅ、まだ、だ。まだやれる……!」
地面にガックリと膝をつき、荒い息を整える。疲労を振り切りながら思考を巡らせた。掴まれた喉、酸欠気味の頭が痛む。
魔石を握り締めながら、天井を見上げヒートは呟く。
――まだ、まだぁ! 次ぃ!
大きく息を吸い込むと、新たな敵を呼び寄せるために笛を口につけた。
▼ ▼ ▼
「お前はしばらくここで狩りをしていろ」
周辺をしばし見回っていたダークは後ろを向けた
ままヒートにそう命令した。ここに興味は無くなった。そう背中が語る。
「取れた魔石はお前の好きにしていいぞ。
その程度の小銭、
――このクモヒゲ、一体何やって稼いでんだ……?
細巻きの葉巻を吸いながら歩き出す。方向は出口へ。
「夕食は七時だ。それまでに帰ってこい。ミズ・ベネディクトがお前の餌を用意している。遅れた場合は餌は無しだ」
「おい、クモヒゲ……ここにきた二つの理由はわかった、残り一つはなんだ?」
どうしても気になる。最後の理由。
「――今のお前に語った所で理解はできんよ。私は無駄なことをするのがキライなんだ。お前はもっと強くなることがまずやるべきことだ。バカがものを考えても何の意味もない、むしろただの害悪にしかならん」
▽ ▽ ▽
――好き放題言ってくれるぜ……
頭が悪いのは自覚しているが、堂々と指摘されるのはさすがに腹が立つ。ましてやあのクモヒゲである。会話の内、三回に一回は罵倒が飛んでくるのだ。
――とにかく、まずは強くなることか。
魔石による
リブラと組んでいた今までの自分ではなく、一人で戦わねばならない自分の戦い方を掴まなくては。
「と、いってもだなあ」
握り潰した大型の魔石、砕いた石片から溢れる光がヒートを包む。潜在能力が目覚める感覚。
「なんか頭打ちになってきたっていうか……」
背後には更に増えたミノタウロスの残骸、その数二十五以上。あれから五時間、最初は命がけだったミノタウロスとの死闘も数を重ね能力解放と共に続けた結果、段々と慣れてきている。
疲労と消耗はかなりのものだが、確実な報酬はあった。まず身体能力の上昇はこの短時間でも目覚ましいものがある。
単純な身体能力で拮抗できればミノタウロスとの戦闘も簡単にパターンが掴めてくる。
しかし能力の上昇も最初の頃と比べれば落ちてきていた。
あの剣を振る度に味わえた快楽も、慣れと共に消えている。
――いや戦う度にあんな毎回、なんつーか、その、気持ち良くなっても困るけどさ……
「――そろそろ帰るか」
水筒の水を飲み干した後、笛を胸元にしまいヒートは出口へ振り向く。
わかっていた。今の自分ではいまだダークにもあの仮面の男にも勝てはしない。もっと殻を突破しなければならない。
「オレはそろそろ帰るんだけど――――アンタらはどーすんの?」
言葉と同時に、後ろへ蛮刀を投げた。同時に何かとぶつかる。閃光と小爆発。ヒートの背後で炎が上がる。
「おーい、なんか言えって」
今度は側面より風切り音。殺到する矢の群れ。
慌てずに鎖付きの蛮刀を高速で振り回し盾とする。次々と落とされる矢。
視線を横に向けた瞬間、前方の柱の影から何かが飛び出す。
「あ、お前」
見覚えのある鎧の男。剣を構えてこちらへと迫る。
ダンジョンへ潜る直前に、ヒートがねじ伏せた男。その後ヒートをたっぷりと蹴ってくれた男。
「笛をおおお! よぉこせば」
鬼気迫る顔で何か要求を言おうとしている、辺りでヒートの投げた蛮刀が男の頭を兜ごと叩き潰した。糸の切れた人形のように骸が倒れる。
――あ、こいつらクモヒゲの笛が目当てか。
自在に迷宮獣を呼び出せるアイテム。それも
ダンジョンでこういった冒険者同士の略奪や強盗は珍しいものではない。
魔石を狙ったり、強敵を倒した満身創痍の所を狙ってくるなどよくある話だ。
もっとも同じ冒険者を狙う者とバレたなら、確実に他の冒険者から排除されるだろう。
しかし冒険者ではなく、一人で潜らされている奴隷相手ならば。
それもダンジョンに入る前に恥をかかせてくれた生意気な小娘だ。
「リブラがこういうやつら見つけたら必ず殺さなくちゃいけないって言ってたからな」
矢を叩き落としながら前進。瓦礫の影の弓兵を確認。ヒートの首へ剣を向けていた男だ。
引き戻していた蛮刀を投げる。弓兵へ吸い込まれるように直撃、する寸前で赤い稲妻のような光が空間に走る。蛮刀が弾かれて宙を舞った。
「――――ちっ!
空中で制止する五枚の魔術符。
魔術符による障壁だ。
その結界障壁に立つ長身の姿。劃字が書き込まれた包帯に全身が包まれる。性別も年齢もわからぬ異様。
その右手が上がる。同時にヒートの周囲に数十枚の魔術符が舞う。
「めんどくせぇな!」
炎を上げて動く魔術符。その一つ一つを叩き落としながらヒートは突き進む。炎の乱舞もヒートには通用しない。
走る速度を落とさずに、跳躍。高く舞い上がる軌道。落下しながら結界へ切り落としを見舞う。魔術符が火花を上げて結界障壁が歪む。
弓兵の顔が恐怖に歪み、
重ねるように着地から即座の斬り上げ、その次は突き通し。衝撃を受ける度に障壁が歪み、火花をあげた。
「う、おおおおお!」
そして、とうとう耐えきれずに結界障壁が破壊された。
震える指で弓を構えようとした次の瞬間、弓兵の首がかき消えた。地面を転がり血を撒き散らす。
その様を見て声もなくへたり込む
「こういう時の冒険者のルールって知ってるよな? 同業者喰いは見つかったら問答無用で殺されるんだぜ」
一気に振り下ろした蛮刀。
ハラリと包帯が切れてその顔が露わになった。
黒髪と黒目。やや幼い顔立ちの東方大陸の女。
「わ、私は簡単で儲けられる仕事があるって言われて誘われて、その、笛だけ奪えれば殺すことないって、言われて、その、」
座り込んだ女の場所からチョロチョロと水音がする。恐怖で催したらしい。
冷たい月のような目で女を見下ろしながら、ヒートは蛮刀を喉元へ突きつけた。
「お、弟が、家族がいるんですぅ!! 弟は病気で両親は年老いてるし隣の家も嫌がらせしてくるババアがいるしもう限界なんです! 許してください!」
「いや隣の家がどうとかは知らないけどよ……次にオレの目の前に現れたら殺す。絶対に殺す――とっとと行けよ」
ゆっくりと外される刃。震えながら立ち上がる女。泣きながらダンジョンの出口へと走りだした。
同業者喰いは殺さねばならない。だが完全に無抵抗な人間を殺すのはさすがにヒートでも気が引けた。
「さて、残りは――」
確かまだ後ろに魔術師がいたはず。
「同業者喰いを見逃してやるとはずいぶん優しいなヒート?」
背後から聞き覚えのある声。中年の快活な男の声だ。
「アン、タは…」
長身に茶の短髪。剣を背負った軽装鎧の大男。
片手にはぐったりと力の抜けた魔術師の男を抱えている。
恐らくは、彼が仕留めたのだ。
「アルバートのおっちゃん!」
ヒートの声に、大男は笑顔で応えた。
「久しぶりだな、ヒート」
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