2 戦闘行為

「……小さな女の子だと思って油断しないでください。その少女――パーピィ・ポゥは秩序を破壊する悪の組織の構成員です」


 キッと鋭い視線を送るミランダさん。

 その緊迫した表情からはウソをついているとは思われなかった。

 異世界といっても楽園じゃないんだな……


 対する、パーピィというらしい『ブラック・オパール』の少女は、人を喰ったような態度を崩さず余裕すら感じられる。


「あら、ずいぶんな物言いじゃない? お前たち『ディアントス』こそ世界を歪めさせてる元凶じゃな~い?」


「……そんなことはありません!」


「あたし達少女からコドモの世界とオトナの世界を分断し『純潔』という枠に縛りつけようとする。本来のヒトの営みを否定する、そっちのほうがよっぽど歪んでる気がするけどナ~~~?」


 唇をキュッと噛みしめるミランダさん。

 この世界のことはまだよくわからないけど、初めて会った人が責め立てられてるのを見るのは気分がよくない。



「――! ミランダさん、前!」


「……えっ!?」


 気付けばパーピィが目と鼻の先に。

 住んでるワンルームの端から端くらいはあっただろうに……!?


「……くっ!」


 ミランダさんは杖で振り払おうとするも、標的はすでにいなかった。

 いつの間にか、ミランダさんの背後にピタリと張り付いていた。


「ふふっ♡ アナタ堅いのよ。もっと自分に素直になったほうがいいと思うケド?」

「……なにを!?」

「うふふ、強がっちゃって。そんなところも、カワイイ♡」


 ミランダさんの頬を、パーピィの舌がぬらりと伝う。


「ひゃあんっ」


 な、なんて声を出すんですかアナタ。

 おいおい一体なにがおっ始まっちゃうんです……?


「生涯未婚、清らかなカラダをこの世界の管理のために捧げる神祇しんぎかん。その意志だけはご立派だけど……でも、そんなの、溜まっちゃうじゃな~い?」


 パーピィはミランダさんの身体の線を確かめるように、ツーッと、ゆっくり指を這わせる。


「女のカラダはなんのためにあるのか? それは意中の人を悦ばせるためにあるに決まってるじゃない? それを使わずに一生宝の持ち腐れにするつもりィ? もったいなさすぎって感じィ~~~~」


 カラン……と杖が地面へとこぼれ落ちる。

 パーピィの片手は妙に慣れた手つきでミランダさんの胸を鷲掴みにしながら、もう片方の手は徐々に下のほうへと……


「っ……や、やめ……なさい……!」

「あれあれ~~~~? だんだん息も荒くなってきたんじゃな~い? 聖なる神祇官さまったら、はしたないんだ?」


「……ぃ加減に、しなさい!!」


 うぉう……ミランダさんの手のひらからは衝撃波のようなものが放たれた。

 すげぇ……これぞファンタジー世界、などと妙なところで感心してしまった。


 だが……その攻撃もまたパーピィに命中することはなかった。


 衝撃波が命中した岩盤が崩れ落ちる。

 ……おいおい、こんなの洞窟で撃って大丈夫なのかよ……!?


「おっかな~い。ぼうりょくはんた~い。見てよ、これが『ディアントス』の本性よ。どんだけ清らかぶっててもね。ア・ナ・タ・もあんな暴力女はイヤでしょお?」



 ――!! ついに僕のところに来たか!

 僕どうなっちゃうの、どうなっちゃうの!?


「……その人から離れなさい!」

「おっと。このオトコのヒトがどうなっちゃってもイイの?」

「……くっ」


「そうそう。イイ子イイ子。それでいいのよ。ミランダちゃん、アナタはそこから見ていればイイのよ、無力にもね。目に焼き付けるがいいわ、これから起こるコト♡」



 ちょ、幼い見た目をして、どこ触って……

 ちゃ、着衣の上からだというのに、か、緩急のつけ方が反則すぎるって……!! 

 

 モゾモゾと手を入れてくるんじゃ……ああっ……! 

 思わず膝をガクつかせる。


「あ……あふ……」


「オトナのオスがこんな情けない声で鳴いちゃって♡♡」


 僕の姿勢が低くなったのを待ってましたとばかりに、耳元に息を吹きかけながらパーピィがささやく。


「……ポンコツ神官なんか放っておいて、あたし達の元に来ない? こんなのよりもっともぉ~~~っとキモチイイコト、シてあ・げ・る・から♡」


 ぐっ……正直このまま快楽に身を任せてみたい。

 でも、僕はさっき誓ったばかりなんだ……

 ミランダさんと一緒になりたいって……! 

 

 絶対に負けるわけには……いかないんだ……! 


「はっ、離せ……!」


「抵抗したってムダ、ムダぁ♡ この世界じゃ強制力が働いて、オトコは女に手をあげることはできないふうになってるの。さあ、おとなし~くあたしに屈服――」



「負ける、もんかあ───────ッッ!!」



「きゃんっ」


 身をよじり、パーピィを引き剥がす。パーピィが尻もちをつく。

 少女は何が起こったのかわからないという感じでキョトンとしていた。


「――アイ・ム・カミン・ム・カミン!! 果てなき力の源泉よ此処に湧き上がれ!」


 このスキを見逃さずミランダさんは何やらよくわからない文言を詠唱し、先程とは比べ物にならないほど巨大な力の波動をパーピィに見舞う。


「きゃうぅぅぅうぅゥ──────────ンッ!!!!!」


 少女はたまらず悲鳴をあげる。

 ミランダさんが僕のところへと駆け寄る。


「大丈夫でしたか、キューヤさま!?」

「え!?」

「そんなに前かがみになって……どこか痛むのですか!?」

「い、いえこれは……だ、大丈夫です……」


 い、いわゆる生理現象ってやつなので……


「そ、それより……助かりました。ありがとうございます」


「いえ、あれはキューヤさまでなければ乗り切れませんでした。お礼を言うのはこちらのほうです」

「え……?」


 それはどういう……

 っと――! よろめきながらも、パーピィが立ち上がった。



「……どうなってるのよ!? オトコがあたしを振り払うなんて……こんなこと今までなかったのに……」


「それが、キューヤさまの持つ、特殊な力なのです」


「え!?」


 僕自身が素っ頓狂な声をあげてしまった。

 僕は生まれてこのかたオタクである以外なんら特別なところはなかったから、力がどうこう言われても……

 あ、アセダックスに入社するためだけに必死にトレーニングはしたけども。


 僕の困惑をよそに話が進んでいく。


「――さあ、まだやりますか? 今後キューヤさまに手を出さない、と誓ってくだされば、神のお慈悲で今回だけは見逃してあげますよ」


「……ポンコツ神官のくせに、言わせておけば……!」


 パーピィの手許に、禍々しく黒々とした長い剣が形となって顕れる。


「『ヌ・キマス』――まさかこれを出すハメになるとはね。この剣をもってすれば斬れぬものはない。あたしをここまで本気にさせたことを、ぜったい、ずぇ~~~~ったい、シぬほど後悔させてやるんだから!!」


 ま、マジかよ……!

 あわわわ、ヤバい、ヤバい……あんなん食らったら死んじゃうよ。

 って、こっち来るよ! うわあああああ!


「特殊な力を持っているなら、今後あたし達の驚異になりうる。この世界に来て早々申し訳ないけど、アナタにはシんでもらうわ!!」


 そ、そんなあ……! 

 僕はそんな能力身につけたつもりもないしこの世界に来たいなんて思ってもなかったのに。こんなところで死ぬのなんて――



「絶対、イヤだ──────!!」



「――あああーーーんっ!!」


 ……!? な、何があった……!? 今度は何もしてないのに、吹っ飛んで岩壁に叩きつけられていったぞ……!? 


「……キューヤさま、それは……!?」

「ん? え? うわあ、なんだこれ!?」


 僕を包み込む透明な膜のようなもの。これを……僕が……!?


「もしや……これは、選ばれし勇者のみが顕現させられるという伝説の、すべてをはじき返す『アーン・ラメェの盾』なのでは……!?」


 えっ、何それは……

 わけがわからないんですけど。僕、何をしたんだ……!?

 異世界転移して、チート能力を手に入れたっていうのか……!?


「……かはッ」


 パーピィは上体を起こそうとするがうまく立ち上がることもできないようで、すっかり満身創痍、といった体だ。まだ年端もいかなそうな少女の身体が傷ついているのは、痛ましくて見ていられない。


「……なんなのよ、なんなのよ……アナタ、いったい、なんな…の……」


 少女は、力なく地面に倒れた。


「――お、おい、大丈夫か!?」


 さすがに心配になって駆け寄った。


「……大丈夫。気を失っただけです」

「……そっか」


 さっきまで命のやり取り、みたいになっちゃったけど……

 やっぱり見た目はかわいらしい女の子だな……



 それにしても。異世界転移って、色んな意味で、刺激的だ。


 ほっとしたのと同時に、あのままパーピィの言いなりになっていっちゃってたら、どうなっていたのだろうか――と少し残念にも感じられたのだった。   

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