第10話 金髪の変なやつ
人生何事も経験だ。先達たちは口を揃えて言う。
でも今の俺を見てもそんなことが言えるかな?
そう、俺は学校の屋上で金髪の不良に頭を踏まれている。
こんな経験したことないだろ。ハハ、うける。
俺の頭を踏みつけたまま、金髪は俺を見下ろす。
「おい、俺の勝ちだ。まずはお前の知ってることを全部話してもらうぜ」
残念だが何にも知らん。
何しろお前の名前すら知らんのだからな。
でもここで黙っていても埒が明かない。というよりボコボコにされて病院送りにされるのは困る。
「ーーお前が何を言ってるかさっぱりわかんねぇ。そもそも俺は何でお前に喧嘩売られてんのかもわかんねえよ」
俺の声は震えていた。しかし、知らないものは知らないのだから他に答えようがない。
かといってこんな不良くずれに下手に出るのは死んでもゴメンである。
「・・・見え透いた嘘ついてんなよ。こそこそ俺の周りうろつきやがって、目障りなんだよ」
「ーー知らねぇって言ってんだろ。寝言は寝て言えよボケ」
「ふぅー、・・・そうかい。そこまで言うなら手脚の一、二本は覚悟ーーッやべ」
そこまで言って金髪は突然俺の頭から足を退かした。
訳がわからないが、俺はその隙を逃さず直ぐに立ち上がり、金髪をーーと思ったが金髪は駆け出していた。
あっという間に金髪はフェンスを跳び越え、棟を繋ぐ連絡通路の屋根へ跳び移った。
「・・・バケモンかあいつは」
半ば呆れながら、追うことも出来ずに俺はその場に立ち尽くした。
そして自身が助かったことに少ししてから気付き、安堵の溜息を吐いた。
金髪が屋上を去って三十秒後、タバコを吸いに体育教師と樫塚先生(俺のクラスの担任)がやってきた。
・・・もしかして金髪は人が来るのに気づいて立ち去ったのか?
いずれにしろ助かった。
今どきタバコなんて吸いやがって、などと毛嫌いしていたが、たまには役に立つじゃないか先生方。
真面目な優等生で通っている俺は、先生方に爽やかに挨拶をし、屋上を後にした。
帰り道。俺はあの金髪のことが気になっていた。いや、変な意味じゃなく。
今も左腕には激痛に見舞われている。
この痛みが、さっきのは夢なんかじゃないぞと訴えている。
っていうか本当に折れてないんだろうな。さっきは適当に折れてないとか思ったけど、マジで痛すぎんよ。
それにあのフェンスを軽く跳び越える跳躍力や俺を蹴り飛ばした脚力、人間とは思えない。
・・・そういえば能力がどうのって言ってたな。それが関係してるのか?
考えたって分からないな。っていうかどうでもいいわ。
気分転換に俺は駅の近くにあるコンビニに寄った。
鈍い痛みを訴える左腕を気丈にも抑えこみ、目ぼしい物がないか見て回った。
そしてそれを見つけたのだった。
『激辛ハバネロチリペッパーまん。本日発売につき二十円引き!』
とんでもない商品を見つけてしまった。
そういえば店に入った瞬間からどことなく臭かった。臭いのもとはこれだろう。
商品の説明を見てみると。『辛さエキス240倍!』と書いてある。
一体何と比較しての240倍なのだろう。
店員さんも可哀想に。こんな訳の分からない商品を売らなければならないなんて。
俺はそんな商品を無視し、缶コーヒーを一本棚から取り出してレジへ向かった。
「こちら缶コーヒーが一点ですね。本日中華まんがお安くなっておりますが如何でしょうか?」
「あ、じゃあハバネロチリペッパーまん一つお願いします」
ーハッ! しまった。つい流れるように頼んでしまった。
取り消そうにも店員さんはまるで手品師のように素早く袋に詰め始めている。
俺は仕方なくあるがままを受け入れることにした。
「缶コーヒーが百二十八円と激辛ハバネロチリペッパーまんが二十円引きで三百二十円。お会計が四百四十八円になります」
たっけぇな、おい。ちょっと豪華なハンバーガー食えるじゃねぇかよ。
会計を終えた俺は、コンビニを出て駅のホームへ移動した。
電車は丁度出たばかりで、次の電車まで十分近く時間がある。
さっそくさっき買ったハバネロチリペッパーを食べることにする。
袋から出すと、凄い異様な臭いがした。
皮の部分が真っ黒だ。黒胡椒が練り込んであるな。ほのかに胡椒の香りがする。
そのセンスを疑うぜ。
半分に割ると中は真っ赤だった。
まるで地獄を連想させるような色で、まるで食欲をそそらない。
しかし、俺は辛いものは結構平気なタイプだ。俺を辛いと言わせたら大したもんだ。
では味わわせてもらおうか、その自慢の240倍の辛さと言うやつをな!
「ーーはぐ。もぐもぐ」
大きく一口で割った半分を頬張る。
・・・む。なんだ、色の割に大したこと無いな。これならこの間喰ったカレーの方が、ーーッんッ!!
「っひょぉおおーー。っっほぉん」
コンビニの袋から急いでコーヒーを取り出し、蓋を開けて口に流し込んだ。
ーーな、なんっだこれッ。辛いっつーかもう痛いッ!
唇が腫れているような気がする。味なんかない。
食べるっていうか、口に劇薬を頬張ったみたいな衝撃だった。
暫くして少し落ち着き、残りの半分をみて絶望した。
やべぇな。さっきあの金髪に頭踏みつけられた時の方がまだマシに思えるぜ。
・・・しかも。コーヒーはもう無い。
飲み物なしでもう一度これに挑むのか。無謀としか言いようがない。
だが、男にはムリとわかっていてもやらなければならない時がある。
思い返してみればいつも俺はそうだった。どんな困難だろうと諦めずに乗り越えてきたんだ。
目を閉じれば数々の季節限定メニューが浮かんでくる。
あれらに比べれば、味がしない分こっちの方が幾分かマシだ!
覚悟をキメて、俺は残りの半分を思いっきり頬張ったーー
ーー気が付くと家に居た。
ベットに横になり、腫れぼったい唇に一抹の不安を抱きながら、今日のことを振り返る。
今日はひどい目にあった。
金髪に蹴飛ばされて、激辛ハバネロチリペッパーまんを食べた。しかも高いし。
明日やだなぁ。あいつとクラス一緒じゃん。どんな顔して教室入れば良いんだよ。
しかも明日の体育柔道だし。腕痛いってのに。
そこまで考えて、違和感に気付く。あれ? 左腕痛くなくね? もしかして激辛ハバネロチリペッパーの効果か。
あまりの辛さに腕の痛みを忘れてるとかそんな感じの。
試しに腕を動かしてみる。
「ーー痛ァッ!」
気のせいだった。
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