第9話 差出人

 昨日のメールの所為か、今日の那波はやたらと上機嫌だった。


 これはきっと俺の勘違いではないはず。那波は俺に惚れてるぜ。


 そんな風に自惚れつつ下駄箱を開けると、一通の封筒が入っていた。


 それを見て俺の中で電撃が走った。


 やっべ、昨日の手紙すっかり忘れてたッ。


 昨日は午後からずっと腹が痛かったからそれどころじゃなかった。


 マジかよ失敗した。


 昨日はあれからどうなったんだ、今日行っても遅いよな。


 あーマジか。人生で彼女が出来る最大最高のチャンスを棒に振っちまった。


 「どうしたの? なんか凄い苦渋に満ちた表情してるけど」


 「いや、大したことないよ。ちょっと家の鍵閉めたか不安になっただけ」


 「結構大したことあるよっ。大丈夫なの? おじさんかおばさんは家にいるの?」


 那波の声もまるで聞こえてこない。どんな娘だったんだろう。可愛いのかな、きっと可愛かったに違いない。


 いや、待てよ。この手紙はもしかして昨日の娘からじゃないか?


 そう思い、俺はその手紙を、今度は那波に見つかる前に鞄へと仕舞いこんだ。


 そうと決まれば早速確認してこなければ!


 「悪い、ちょっと見てくる」


 そう言い残し俺は那波を残して駆け出した。


 「零くんそっちトイレだよっ。家の鍵は!?」


 那波をまるで意に介さず、俺はトイレの個室へ駆け込んだ。


 すぐに手紙を確認する。


 ・・・どうやら昨日の娘と同じようだ。手紙の色も同じ、更にたれクマも描かれている。


 匂いも・・・昨日の手紙と一緒だ。間違いない、昨日の娘だ。


 肝心の手紙の内容はーー。


 『一年のときからずっと気になっていました。今日の放課後、屋上で待ってます♡』


 ・・・昨日と一緒、だと。何だこれ、怖くね?


 すっぽかされた恨みごと書かれても困るが、一字一句同じ手紙を連日投函されるのも恐ろしいものである。


 もしかしてメルヘンなヤバい娘なのか。どうしよう、今日行かないと明日が怖いぞ。


 教室に戻ると那波が寄ってきた。


 「大丈夫だったの? 家に電話したの?」


 「いや、手紙」


 「手紙っ!?」


 今日も結局、放課後の事が気になって授業に集中できなかった。


 昨日とは違う意味で・・・。






 屋上は意外に寒い。


 いくら五月とはいえ夕方だ。しかも今日は風も結構強い。


 もう三十分は経っているけど、まだだろうか。


 スマホの画面で時間を確認し、もう帰ろうかと悩む。


 いたずらかもしれないと思い始めた。


 そうだよな、同じ内容の手紙を送りつけるなんてちょっとサイコ入ってるし。


 ・・・結構待ったし、帰るか。ここで居なくなったとしても問題ないだろう。


 俺は悪くない。


 そう思って踵を返した。するとーー


 「やっぱりお前か。ま、妥当なところだわな」


 口調は楽しそうだが、気怠そうに立つ金髪が出入口を塞いでいた。


 ・・・出入口塞ぐの流行ってんの?


 ラブレターを貰ったと思ったら金髪の不良に絡まれていた。・・・何故だ。


 まったく意味がわからない。


 この間トイレで絡まれた時もそうだが、最近いきなり絡まれやすくなってませんかね。


 俺の男性ホルモンは敵を惹きつける成分でも入っているのだろうか。


 下らないことを考えていると金髪がこちらへ歩み寄ってきた。


 「一応聞きたいことは色々あるが、一番興味あるのはーー」


 そこで一旦言葉を区切り、拳を握りしめた。


 マズい!? そう思った時には力を使って先を読んでいた。


 ーー間に合うかッ。


 「お前が俺より強いかってことだッ!!」


 半ば倒れこむようにして右へ蹴り跳び、金髪の攻撃を辛うじて躱す。


 跳んだ勢いを殺しきれず転びそうになったのを、右手を床についてなんとか耐えた。


 「良い反応じゃねぇか。中々居ないんだぜ、俺の初撃を躱せるやつなんざ」


 あ、あいつ。さっきまで出入口に居たのに今はもう俺がさっき立ってた場所よりも奥にいやがる。


 今の金髪の攻撃は単純な右ストレートだったが、体ごと凄まじい勢いで突進を掛けていた。


 あのまま拳だけ受け止めていたのでは吹き飛ばされていただろう。


 実際さっき見た未来予測では俺の身体は数メートルは後ろに吹き飛ばされていた。


 「お、お前どうかしてんじゃないのか。クラスメイトに突然殴りかかったりして・・・」


 なんとか会話をして時間を稼ぐ。


 「へへッ。おら、次行くぜッ!!」


 「ぐぅッ」


 さっきの大振りと違い、今度はジャブで刻んできた。


 それでも俺の未来予測では蹴り飛ばされてるんじゃないかってくらい腕のガードごと持ってかれている。


 ガードは出来ない。とにかく予測通りに躱しながら、なんとか間合いを取らないと・・・。


 「・・・お前、目がいいって感じじゃねぇな。どんな能力だ」


 言うわけあるかバカが。っていうか能力ってなんだよ、漫画かッ。


 でも丁度いい、その線で会話をしてみよう。


 「・・・俺の能力か。良いだろう、知りたいのなら教えてやる。だがその前に、名前くらい名乗ったらどうだ?」


 「名前だぁ? なに下らないこと聞いてやがる。それに能力も別に言わなくていいぜ。さっきのはただの独り言だから、よッ!!」


 時間稼ぎは失敗した。しかもさっきより攻撃が速くなった。


 というかさっきもそうだが殆ど攻撃が見えない。


 予測のお陰で一発も喰らっていないが、このままじゃジリ貧だ。


 信じられるか? こいつと会ってからまだ二分と経ってないんだぜ。


 出会って4秒で◯◯シリーズですか?


 そして次の瞬間、俺が金髪に蹴り飛ばされる未来が見えた。


 俺は必死に身体を捻ろうとするのだがーー間に合わない。


 「ッ!?」


 ーーっぅ。ーー衝撃で意識が飛ぶかと思った。


 なんとか左腕でガードだけはしたが、金髪の右のミドルで三メートルは飛ばされた。


 腕は折れてこそいないが、動かない。体もいうことを聞かない状態だ。


 動けない俺に、金髪がゆっくりと近づいてくる。


 「ゲームセットだ。ま、俺を相手にそこそこ健闘したほうじゃねぇの」


 金髪が俺の頭を踏みつける。


 そして何事か言っているが、俺の耳は別の方向を向いているのでほとんど聞こえない。


 あーあ、痛ってえなクソ。

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