第8話 ラブレター

 それはある日のこと。


 いつも通り下駄箱を開けるとそこに一枚の封筒が入っていた。


 それを見つけた瞬間、俺のテンションは最大値まで跳ね上がった。


 いわゆるラブレターである。


 「零くんどうしたの?ってそれってもしかしてーー」


 最近は毎日一緒に登校している幼なじみの那波が目ざとく見つける。


 俺は慌ててそれをバックに隠しつつ、言い訳を開始する。


 「いや、何でもないって。うん、これは脅迫状的なアレだから」


 幼なじみとはいえ女は女。俺はそう簡単にフラグを折ったりはしない。


 今のところ那波に恋愛感情は持っていないが、付き合えるのなら付き合いたいと思っている!


 可能な限り好感度を上げつつキープだ。


 そんな姑息な俺を誰も咎めはしないだろう。同じ男子高校生なら尚の事。


 「脅迫状なら、全然何でもなく無いと思うけど・・・。とりあえず教室行こうか」


 「あ、ああ。そうだな」


 那波の反応は案外そっけない。


 これは俺に嫉妬をしつつもそれを隠しているのか、あるいはまるで興味が無いか。


 ・・・どっちだ。


 いや、しかし『見せて見せてー』なんて感じで来られたらそれはそれで脈なしだからアリなのか?

 

 はたまた見せてとも言えないくらい他人と思っているからなせる技なのか。


 などとまるで実のない考察を繰り返しつつも、俺の心はラブレターを早く開けたいという衝動に駆られていた。


 教室へバックを置くと、すぐにトイレへと駆け込んだ。気のせいか最近トイレによく駆け込んでいる気がする。


 個室へ入ると俺は懐に忍ばせておいたラブレターを取り出した。


 これぞラブレターと言わんばかりのピンク色の封筒には差出人が書いていなかった。


 最近はやりのキャラクターの『たれクマ』が俺のことを見つめている。


 たれクマとは焼き肉のたれを販売しているメーカーが作り出したゆるキャラである。


 たれの瓶を片手にご飯を食べるクマのキャラクターは女子高生を中心に一大ムーブメントを呼んでいるとかいないとか。


 そんなことはさておきラブレターである。


 封筒のシールをメチャクチャ丁寧に開け、中の手紙を取り出した。


 そこには簡潔に要点だけが書いてあった。


 『一年のときからずっと気になってました。今日の放課後、屋上で待ってます。』


 女子高生らしい丸くてかわいい文字がそこには記されていた。


 手紙からはほんのり甘くていい匂いがする。


 これはついに俺にも春が来るということで良いんじゃないか!


 てっきり予想を斜め上な感じでこの間の茨木モドキかなんかだと思ったが。


 この字の可愛さ、手紙から漂う女子高生らしさを鑑みるに、あの不良かそれに準ずる誰かには用意できる代物じゃない。


 手紙を丁寧に封筒に戻し、その封筒を上着のポケットへしまう。


 人生初のラブレターだ。大切に保管しなければ。


 ニヤけた表情を引き締め教室へ戻る。そろそろHRが始まる時間だ。


 俺はとてつもない幸福感を抱きながら、今日の授業を受けるもまるで集中できなかった。


 放課後が待ち遠しいぜ。






 「今日はちょっと用事があるんだ。先に帰っててくれ」


 放課後になってすぐ、俺は那波にそう言った。


 「えっ? あ、う、うん、わかった。先に帰るね」


 那波は戸惑いながらも了承し、先に帰宅した。


 心なしか寂しそうなその背中を見て罪悪感を覚える。


 しかし、俺のスクールライフが掛かっているんだ。悪く思わないでくれ・・・。


 そんな那波の背中を見守り、姿が見えなくなると全速力で走った。


 すれ違う生徒が何事かと俺を振り返る。しかし俺はそれでも速度を緩めない。


 走って走って走って走った。


 そして目的地であるトイレへ駆け込んだ。


 個室に入りがむしゃらにベルトを外して便座に座る。


 「ふぅ~。間に合ったぁ」


 今回は結構危なかった。


 まさか季節限定ゴーヤ入りミネストローネとそら豆ソースをかけたカツオのパスタがあんなににマズイなんて。


 ゴーヤ入りミネストローネは地獄だった。元々トマトがあんまり好きじゃないのにゴーヤが苦いのなんのって。

 

 パスタも最低だ。カツオのパスタって何だろうと思っていたが、まさかカツオのすり身をパスタにねじ込むなんて・・・。

 

 一見美味しそうで手間も掛かっているが、メチャクチャ青臭くて食えたもんじゃない。


 やはり久遠寺くんや中田くんたちと一緒で普通の定食にしておけばよかった。


 危うく俺のスクールライフが今日で終了するところだった。


 うんこなんて漏らした日にはもう学校になんてこれない。彼女どころではないだろう。


 ・・・彼女か。何だろう、何か思い出しかけたけどーーああッ、いやあれは違うか。・・・何だっけ。


 とりあえずスッキリした俺は、のんびりと家路についた。





 その日の夜、那波からメールが来た。


 『明日も朝は一緒に登校してくれる?』


 意味の分からないメールに頭の中が疑問符で一杯になる。


 この前と今日で下校断ったから不安になったのかな。


 那波のやつめ、可愛いところがあるじゃないか。


 『当たり前だろ。お前と一緒じゃないと寂しいじゃないか』


 ふふふ。攻め過ぎず守り過ぎないギリギリのラインだな。


 これで俺の好感度がまた上がるに違いない。


 メールを送るとすぐに返事が来た。


 『わかった!じゃあまた明日ね♪』


 那波のご機嫌そうなメールを見て、俺もいい気分で眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る