第7話 休暇

 今日は日曜日。


 俺は朝起きて直ぐに一昨日借りてきたおまじないの本を読んでいた。


 『これをやれば間違いない! モテモテになるおまじない♡ ~どこでもできる自重トレーニング~』

 

 このタイトルに加えて、表紙には可愛いネコやイヌのキャラクターがいっぱい描かれているのだ。


 一体誰が初見で筋トレと見抜けるだろう。


 しかし、そのふざけた表紙とは裏腹に内容は結構しっかりとしたものだった。


 俺はこの本でしっかりと体を鍛え、来るべきに備えようと思う。


 何しろあと3ヶ月もすれば夏だからな。


 水泳の時間になり、情けない肉体を晒すわけにはいかないのだ。


 なのでこのタイトルはあながち間違いではないのかもしれない。


 中学時代は部活で色々と運動していたが、引退してからすでに半年以上が経つ。


 せっかく鍛えてきた体を衰えさせるのはもったいないというものだ。


 しっかり内容を頭に叩き込んだ俺は、それを実践するために勢い良く本を閉じた。


 よしっ。いっちょやってみっか。






 半日が経過した。


 俺はベットに横たわり、スマホをいじっている。


 筋トレはしないのかって?


 しようとはしたよ?


 でも、ほら一昨日図書室で腕立てやったじゃん。あれのせいで腕痛いんだよね。


 ということで痛みがなくなるまで筋トレは延期だ。


 スマホで適当にネットサーフィンしていると、変わったニュースの記事を見つけた。


 『集団暴行か!? 18歳の男子高校生が意識不明の重体』


 何となく目についた記事。


 開いて内容を適当に流し読みすると、驚いたことに俺の住んでいる市で起きた事件だ。


 俺も学校でえげつないカツアゲに遭うところだったし、治安悪いな。


 ま、高校に限って言えば大して偏差値高いとこじゃないし不良崩れが多くてもしゃーないか。


 そんな記事を見てしまったからか、何故か俄然やる気が出てきた。


 やはり自分の身を守れるのは自分自身だけ。


 最後にモノを言うのは腕力よ。


 俺は残りの貴重な余暇を全て筋トレに捧げることにした。






 夜、居間で兄貴とテレビを見ている。


 やっているのはオカルト番組だ。


 兄貴は幽霊とか宇宙人とかが好きらしく、こういう番組は割と見る方だ。


 俺はというと、全く信じていない。


 だってオカルトを番組全体が小馬鹿にしてるんだもん。


 お笑い芸人が司会をやっている関係か、全体的にコメディチックなのだ。


 ツチノコとかチュパカブラとか都市伝説とか、色々とチョイスしては笑いのタネになっている。


 こんなものを見せられては信じ続けるほうが難しい。


 兄貴がどういう心境で見ているかはしらないが、俺は完全にお笑い番組として見ている。


 『宇宙人はですね、すでに日本にもいるんですよ。地球人に化けて普通に生活しているんです』


 ゲストで招かれている自称宇宙人研究家が発言する。


 すると会場全体が笑いに包まれた。


 哀れなり。


 呼び出しといて笑いものにするとか処刑に近いよな。


 ふと横を見ると、兄貴も笑っている。


 兄貴も信じてなかったようである。


 画面を見ると次の特集に移ったらしく、今度は呪われた家とその被害にあった家族の再現VTRが流されていた。


 『殺された人の怨念が、いつまでもその家に残り住人を苦しめているんですね。こういうケースは日本でも多く報告されています』


 先ほどの自称宇宙人研究家がVTR後にまたもや発言した。


 あんた宇宙人研究家じゃないんかい。


 「なあ、兄貴」


 「ん?」


 俺が話しかけると兄貴は間延びした声でこっちも見ずに返事をする。


 「昔から不思議だったんだけど、どうしてオカルトと幽霊は一即多に語られるんだろう」


 「なんで?」


 「宇宙人とか超古代文明とかって結局は進化論とか科学力の話なわけじゃん。でも幽霊とか呪いは魂とか魔法とかで全然違う話だよね。なんで同じオカルトで一括りなのかな」


 「どうでもでも良いじゃん」


 そう言って兄貴はテレビを笑いながら見ている。


 俺もそれに倣って目線をテレビに戻す。


 確かにどうでも良いな!






 金縛りというものをご存知だろうか。


 寝ていると意識はあるのに体が動かないアレだ。


 科学的な見地からだと睡眠麻痺というらしい。


 主にストレスが原因で起こるということだが、なら俺は普段そんなにストレスを抱えているということだろうか。


 目だけを何とか動かし、壁にかけてある時計をちら見する。


 午前2時。


 幽霊が出るにも最適な時間だな。


 はっきり言って、俺はオカルトの類を一切信じていない。


 幽霊とか神様とかそんなもんは存在しないと思っている。


 だから俺がかかっている金縛りだって睡眠麻痺の一種だということだ。


 しかし、俺は寝る前に見たオカルト番組を思い出していた。


 『殺された人の怨念が、いつまでもその家に残り住人を苦しめているんですね。こういうケースは日本でも多数報告されています』


 幽霊なんていない。呪いなんてない。


 ・・・ないがーー。それでも恐怖を覚えてしまうのが人間の心理というものだ。


 目を動かし辺りを注意深く伺う。


 できれば幽霊が居ないことを願って。


 俺はそこまで考えて自分を奮起させた。


 俺は中学時代の空手で3年間何をやってきた。


 肉体を鍛えるだけじゃない。折れない屈強な精神こそが武道には最も大切なことのはず。


 金縛りがなんだ。ストレスがなんだ。


 そんなものは気合でなんとかしてみせる。


 うおおおおぉぉ。


 俺は心の中で雄叫びを上げ、全身全霊を込めて起き上がった。


 「痛っぁ」


 筋肉痛だった。


 どうやら昼間にやり過ぎたらしい。


 安静にしてさっさと寝よう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る