第6話 予想外

 教室に戻ると、何故か久遠寺くんがいた。


 俺のことを待っていてくれたらしい。腹をくだしたのを心配してくれてたんだろう。


 駅までの道のりをのんびりと歩きながら、俺は考え事をしていた。


 考えているのは当然、さっき俺をカツアゲした茨木モドキを殴ったときのことである。


 俺は茨木モドキを殴った左拳を眺めていた。


 少し赤くなっていて、意識を向けると痛みを感じた。


 ため息をつき、彼のことを考えた。


 これ、ヒビ入ってないよな?


 なんかすっげー痛い。


 さっきは軽い興奮状態だったからか大して気にならなかったげど・・・。


 今普通にジンジンしてきてるわ。痛ってーわ、マジ。


 空手で拳って強くなるんじゃぇねのかよ。


 そういえば中学時代もミット打ちとかサンドバッグ殴ってただけだったわ。


 横で久遠寺が色々話してるけど、全然内容が頭に入ってこないわ。






 「じゃあ、僕はこっちだから。また明日ね」


 「ああ、また」


 歩いていると駅に着いたので、久遠寺くんと別れた。


 電車に乗ると空いている席に深く座り息を吐いた。


 今日は色々あって疲れた。


 腹下しただけでも最悪なのに、クソみたいなやつにカツアゲに遭うし、拳は痛いし。


 しかも予知まで使ってしまった。


 今更だが不良倒したら次の不良が現れたりしないだろうか。


 大人数相手は嫌だな。一対一ならまず敗けることは無いが。


 「っと、ヤベッ」


 気がついたらもう駅まで着いてしまっていた。


 慌てて降りると、同時に扉が閉まった。


 危なかった、危うく乗り過ごすところだったぜ。


 発車する電車を何となく見ると、同じクラスの金髪が乗っていた。


 帰り道こっちなのかね、あいつも。


 でも何かこっちを見ていたような・・・。


 というかあいつは今日呼び出せれてなかったか? あの様子だと無事に乗り切ったようだけど。


 さっきの件と言いあの金髪と関わったら益々不良と縁ができてしまう。気をつけねば。


 俺は一抹の不安を覚えながら、家路を急いだ。






 次の日。


 俺は内心ビクビクしていた。


 朝のHRで担任の先生が話では、特別教室棟で昨日生徒が倒れていたという。


 それってもしかしなくても茨木(仮称)だよね。


 さすがに死ぬようなことにはならないだろう。


 しかし、もしもアイツの口から俺のことが漏れれば最悪停学もありえるのではなかろうか。


 保身のために何か言い訳を考えておくしかないな。


 「零くんどうしたの? 何か凄く焦ったような顔してるけど」


 俺の様子を不審に思ったのだろう。那波が俺の席までやってきた。


 しかし本当のことを告げられるはずもない。


 「いや、ちょっと腹が痛かっただけ」


 仕方なく在り来りな嘘で誤魔化すことにした。


 「また? どうせ変なものでも食べたんでしょ。ちゃんとしたもの食べないからいつもお腹壊すんだよ」


 ちょっとまて。俺はいつもお腹を壊してると思われているのか。


 「またってなんだよ。たまたま今日はお腹が痛いだけだよ」


 心外だったので反論してみる。


 「だっていつもお昼に変なもの食べてるし、変わったジュース飲んだり、コンビニでいつも不味そうなの買ってるよね」


 「失礼な。確かにちょっと変わっているものもあったかもしれない。でもそれだってちゃんと食堂のおばちゃんや企業のおっちゃんたちが研究し、努力した結果なんだぞ。それを不味そうだなんて」


 「・・・美味しいの?」


 「マズいぞ」


 「・・・はぁ」


 那波はあからさまに俺の前でため息をついて席へ戻っていった。


 なんか悔しい。悔しいので今度差し入れに何か買ってきてやろう。


 




 放課後、俺は珍しく読書でもしようと図書室へ向かっていた。


 那波は今日は部活のため居ない。


 久遠寺くんはチャリ通だし、後藤くんと中田くんはいつも違う面子と帰るので俺は一人だ。


 家に帰っても特にやることがない。


 図書室へ入るとさっそく面白そうな本がないか適当に見て回る。


 小説は面倒だな。


 図鑑も面白そうだけどネットで十分だし。


 お、何だこれ。


 やたらカラフルな表紙の本を見つけて手にとった。


 『これをやれば間違いない! モテモテになるおまじない♡』


 ・・・おまじないか。暇つぶしにはこの程度がちょうど良いだろう。


 おまじないなんて信じてないけどな。暇だし。


 本当は忙しいんだよ?


 俺は椅子ではなく図書室の隅へ移動して本を読む。


 いや、俺はいつもこうやって本を読むタイプなんだよ、マジで。


 本をこっそりと開き、適当なページに目をやる。


 『両手を地面につく。そのとき、両手は肩幅よりもやや広くしよう』


 ふむふむ。


 本を開いた状態で床へ起き、説明通りに手を床につける。


 『膝を床から放し、かかとから頭のてっぺんまで一本の棒が入ってるイメージで姿勢を整えよう』


 ほうほう。


 俺はつま先と両手に力を入れて体を支える。


 『床に胸が付くくらいまで肘を曲げて、その後肘をまっすぐのばそう』


 おらよッと。


 説明通りに肘を曲げ、その後元の位置まで伸ばす。


 『この動作を20回くり返そう』


 ふんッふんッふんッふんッふんッふんッふんッふんッふんッふんッふんッふんッふんッふんッふんッ。


 はぁ、はぁ。かなりしんどいな。


 『20回の動作が終わったら、時間をおいて2セットやろう』


 なにっ。結構疲れたのに、これを後2セットも・・・。


 しかし、この苦しみもモテるためなら致し方ない。


 俺は気合を入れ直して腕に力を込める。


 それ、いちっにっさんっしっ・・・ってこれ腕立て伏せやないか―い。


 ふざけやがって、おまじないとかいい加減なこと書きやがって。


 頭にきたぜ、図書館の本だろうと関係ねぇ。


 俺はバックから赤ペンを取り出し、本に文字を書き込んだ。


 『20回の動作が終わったら、時間を【3分】おいて2セットやろう』


 なんだよ、『時間をおいて』って。


 それだけじゃ一分なのか十分なのか、はたまた一時間なのか分からないじゃないか。


 インターバルは筋トレで一番重要なところだろっ。抽象的な表現をするんじゃねぇ、このダボが。


 本に文字を書き込み満足していると中年のおっさんのような声が聞こえてきた。


 「君、何をやってるのかね」


 後ろを振り向くと図書室の管理の先生だった。


 慌てて本を隠したが手遅れだった。


 めちゃくちゃ怒られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る