第5話 放課後

 放課後、俺が帰り支度をしていると那波が席へ近づいてきた。


 「零くん、一緒に帰ろ」


 中学の時に疎遠になっていたのが嘘のように、那波と一緒の時間が増えた。


 那波と下校するのはすでに自然な流れとなりつつある。


 しかし今日はそうはいかない。


 「悪い、今日はちょっと・・・。明日は一緒に帰ろう」


 「え、そうなんだ。残念、じゃあまた明日ね」


 「ああ、悪いな」


 俺に手を振ると、那波は席を離れて別の女生徒に話しかけていた。


 俺が居なくても一人になることはなさそうだ。ちょっと安心。


 「今日何かあるの?」


 那波が立ち去った後、今度は久遠寺くんがやってきた。


 「ああ、昼間のアレがね・・・。だからちょっとトイレ行ってくる」


 言いながらなんとなく金髪の席の方をみた。


 さっきまで居たのにいつの間にか教室から出て行ったみたいだ。


 「・・・。そう、わかったよ」


 久遠寺くんは神妙な顔をする。っとこんなことしている場合じゃなかった。


 俺は心配そうに見送る久遠寺くんを尻目に、急いで教室を後にした。






 学校というのは大体複数の棟があると思う。うちの学校は普通教室棟、特別教室棟、教員室棟の3つだ。


 中でも特別教室棟というのは上に行けば行く程、普段は誰も居ない。


 なので俺は特別教室棟へ向かった。


 特別教室棟へ行くと俺はまず一階に下りた。ここから昇るかたちでトイレを見ていこうと思う。


 一階のトイレは・・・。というか一階自体は人が多かった。


 家庭科室と美術室のあるなので、部活の生徒が多いのだ。どうやらハズレだったようだ。


 二階も同様だ。図書室があるためだろう。


 結構時間が経っている。急がないとマズいな。

 

 俺は少し早足で三階への階段を駆け上がった。


 三階は書道室がある階だが、うちの学校に書道部はない。どうやら当たりのようだ。


 俺は周りにひと目がないか確認し、隠れるようにしてトイレへと入った。






 二十分が経過した。


 お腹を抑えて低いうめき声を上げる。


 「ぐッう、うぅん」


 俺は激しく後悔していた。


 一時の気の迷いで軽率なことをするなと。


 もしタイムマシンがあるのなら自分に忠告していたことだろう。


 そう考えている今でさえも、何度も何度も腹部に強烈な痛みが走る。


 こんなに痛いのはいつ以来だろうか。冷や汗がじっとりとシャツを濡らした。


 しかし、いつまでもこのままではいられない。


 男には戦わなければならない時があるのだ。


 俺は深く息を吸い込み、気合を入れる。


 そして、一気に力を込めて反撃を開始した。


 ーブリュリュリュリュリュー


 うぉッ! まるでマンガみたいに凄い音が出た。


 ようやく決着がつきそうだ。昼過ぎから俺を襲っていた便意と・・・。


 やはり目新しいメニューに飛びつくべきではなかった。


 マズいくて酸っぱくて青臭くて最悪な昼食だった。


 しかも何故かオバちゃんがサービスで特盛りにしてくれた。


 ふざけやがってあのババア・・・。売れ残りそうだから特盛りにしやがったな。


 やはり人気のないトイレを選んで正解だった。


 教室の前にあるトイレであれば、先ほどの音を聞かれていたことだろう。


 小学生ではあるまいし、うんこでバカにされたりはしないだろうが、普通に恥ずかしいからな。


 さっきだって那波に用があると嘘をついたが当然だろう。


 まさかうんこするから先帰っててくれなんて言えないし・・・。


 久遠寺くんは同じ男子高校生だけあって、あれだけの会話でわかってくれた。


 察しのいい男だよ、彼は。


 「ふぅー」


 ようやく体内の毒素をすべて吐き出し、一息ついた。


 これでもう安心だ。約三十分の激しい攻防だったが、俺の勝ちで終わった。


 スッキリした俺は手を洗いハンカチで手を拭いていた。


 すると入口の方から男子生徒が俺に話しかけてきた。


 「よぉ、テメェだな。生意気な一年坊ってのは」


 入口のところで壁を背に脚で通せんぼするように入口を塞いでいる。


 まず間違いなく俺に話し掛けたんだろうが、念のため周りをキョロキョロと見回す。


 ・・・やっぱり誰もいない。


 「あのぉ、俺二年なんで人違いだと思います」


 おそらく話しの通じる相手ではないだろうが、一応人違いなのでそう主張しておく。


 「あぁ! 嘘ついてんじゃねぇぞッ、このガキが」


 ・・・やっぱりな。


 「いや、ほら。俺のネクタイ赤ですよ。一年なら青のはずです。なので本当に人違いですよ」


 「おっと。本当みてぇだな。人違いか、そりゃ悪かったなぁ」


 「い、いえ。で、では俺はこれで・・・」


 意外にも分かってもらえたみたいなのでトイレを出ようとする。


 ・・・。が、脚をどける気配はない。


 「ところでよぉ。お前、金持ってねぇか。財布忘れちまってよ。貸してくんねぇか」


 「すみません。あいにく今持ち合わせがないので」


 もう面倒なので強引に脚をどけて外へ出ようとした。しかし、通り過ぎざまにネクタイを捕まれ完全にカツアゲされる男子の図となってしまった。


 「なら明日で良いからよぉ。二十万持ってこい。良いよなぁ」


 「いやぁ、それはちょっと」


 「なに口答えしてんだよ、テメェ。俺が誰だか分かってんのか」


 「いえ、初対面だと思うので」


 「何舐めた口聞いてんだ、コラァッ!」


 怒声とともにネクタイを引っ張りトイレへと突き飛ばした。


 予想外のことに俺はトイレの床に転がってしまった。


 「三年の茨木様だ、二年。よく覚えとけ、二度と舐めた口聞くんじゃねぇぞ」


 なんか勝手に自己紹介しているが、俺はそれどころじゃなかった。


 メチャクチャ頭にきたぜ。


 トイレの床なんかに投げ出してくれやがって。


 それに茨木って昼に金髪に絡んでたあの上級生のことだろ。


 こんなやつ食堂には居なかったはずだ。

 

 ってことはこいつは茨木の名を語るどっかの誰かだ。


 俺は立ち上がり、さっきからずっと何事かしゃべり続けてる名前も知らないクズを睨みつけた。


 「おいこら、この茨木モドキ。口がくせぇんだよ、トイレが臭くなるから喋るな」


 挑発するとあっさりとかかり、俺に掴みかかろうと向かってきた。


 茨木(仮称)の髪の毛を掴みそのまま後ろへ流すように突き放した。丁度さっき俺がやられたような感じだ。


 茨木はよろけつつもなんとか踏みとどまり倒れることはなかった。その間に俺はまだ手に持っていたハンカチを俺の半歩ほど後ろへ落とした。


 体勢を立て直した茨木は再び俺に向かってくる。


 今度は、抵抗せず茨木のされるがままに胸ぐらを掴ませた。


 掴まれた俺は身体を少し浮かされ、トイレの扉へ押し付ける形で抑えこまれた。少し苦しいが、もう決着は着いた。


 「おい、今なら土下座と五十万で許してやるッ。じゃなきゃぶっ殺すッ」


 回答を求めているみたいなので、仕方なく俺も口を開く。


 「はぁ~。今なら土下座とあんたの財布の中にある66,487円で許してやる」


 再び挑発する俺に、茨木は思いっきり殴り掛かろうと右拳と右足を後ろへ引いた。


 しかし右足が踏む場所には俺が先ほど落としたハンカチが置いてある。


 そのハンカチが滑り重心の7割以上を載せていた茨木は勢い良く床へと倒れこんだ。


 俺は床へと落ちていく茨木の顎に向かって左拳を合わせるようにしてアッパーを喰らわせる。


 同時に右の手で胸ぐらを掴んでいる茨木の左手を払いのけた。


 支えもなく顎に強烈な一撃を喰らった茨木は、床に受け身も取れずに倒れ、鼻血を流し呻いている。


 まるで意識していないところにアッパーを喰らいそのあと転倒したのだ、脳震盪でも起こしているのかもしれない。


 まぁ、同情する余地は無いか。


 「言った通り、お金は貰っていきますね。ハンカチは差し上げますよ、鼻血拭いてください」


 そう言いながら茨木のブレザーの内ポケットから財布を取り出し、66,487円を貰っていく。


 正直小銭はかさばるからいらないが、1円たりとてお金はお金。無下には出来ぬ。


 思わぬ臨時収入に若干ウキウキしつつ俺はトイレを後にした。

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