第4話 お昼

 新学期が始まってもう半月が過ぎた。


 クラスで一緒にいるメンバーは大体固まりつつある。


 今は一緒にクラスメイトである後藤くんと中田くんとご飯をお昼を食べているところだ。


 「あ、このかき揚げエビ入ってんじゃん。俺食えないわ、誰か食べる?」


 「じゃあ貰う。・・・サンキュ」


 「かき揚げないんじゃ足りないだろ、これ食べても良いよ」


 「いや、ただの好き嫌いだから・・・。気にしないでくれ」


 エビが食べられないのが後藤くん、貰った方が中田くんだ。


 二人は仲が良い。一年の時一緒のクラスだったらしい。


 「久遠寺くん遅いな。・・・と来たか」


 言いながら辺りを見回したら丁度久遠寺くんがこちらへ向かってくるのが見えた。


 「いや、結構混むね。結局サンドイッチしか買えなかった」


 「一年生は最初目新しくて学食使うからね。俺もそうだった」


 一年前を思い出し、感慨深くなる。


 ずっと給食だったから、購買とか学食みたいなスクールライフは憧れだったのだ。


 ほとんどの者は味に飽きるか、面倒だからという理由でコンビニか弁当持参になる。


 「久遠寺くん、サンドイッチじゃお腹すくんじゃないか? 俺の皿から取って良いよ」


 「・・・。ううん、僕は元々小食だから平気だよ」


 俺の提案を久遠寺くんは断った。


 「久遠寺くん、遠慮することはない。君は小柄だし、成長期にはいっぱい食べた方がいい。どれ小皿をとってきてーーー」


 「お、あれ見ろよ」


 俺が久遠寺くんと話していると、中田くんが何かを見つけたのか、俺の言葉を遮って食堂の入口の方を指さした。


 仕方なく話を中断しその方向ををみてみると、そこには自己紹介の時に大きな欠伸をかましていた金髪不良がいた。


 誰かと話しているようだが、友達という感じではない。というか上級生っぽいな。


 学校の制服は学年ごとにネクタイの色が違うのだ。


 入学年度で色が分けられて、色は三種類。三年生卒業後、その色は翌年の新入生の色となる。


 金髪と話している人達の緑のネクタイは三年生の印だ。


 ちなみに俺は赤、一年生は青だ。


 遠くて会話は聞こえないが、見た感じ上級生が金髪に絡んでいるようだ。


 学食を食べている他の生徒も遠巻きに見ている。


 「あれって三年の茨木だよな、かなりヤバい人らしいぜ」


 声を潜めて中田くんが先輩情報を出してきた。


 「ヤバいってどういうふうに?」


 気になったので聞いてみた。


 「俺、あの人と同じ中学でさ、中学の部活の先輩が茨木と同じクラスのやつと友人だったらしくて」


 「えっなに? ちょっとよくわかんなかった」


 「とにかくッ! 茨木のこと知ってる奴が言うには、高校入ってすぐに三年の不良ボコって病院に送ったとか、先生殴って退職に追い込んだとか色々噂があるんだよ」


 ・・・。どうやら中田くんはかなりの噂好きらしい。しかもちょっとバカだ。


 コメントし辛いので、後藤くんと久遠寺くんの方をみる。


 二人も苦い表情をするだけで特に何も言わなかった。


 女生徒の小さな悲鳴と共に周りがざわつき始めた。


 反射的に顔を向けると、金髪が茨木先輩に胸ぐらを掴まれていた。


 「てめぇ、調子のってんじゃねぇぞ。放課後、便所に来い。逃げんじぇねぇぞ」


 それだけ言うと茨木先輩たちは学食を後にした。

 

 状況はわからないが、あの金髪が茨木先輩に何かしたらしいな。


 不良の世界はよくわからないが、今どきあれだけ目立つ金髪だと目を付けられやすいのだろう。


 何にしろ俺には関係のない話だ。気を取り直して昼食を再開した。


 しかし一向に箸が進まない。気分が悪い。


 久遠寺くんたち三人は普通に食事を再開しているが、周りのテーブルでは同じように箸を止めている生徒が散見される。


 きっと彼らも俺と同じ気持なんだろう。


 「季節限定アジとセロリのもずく酢煮込みと菜の花と夏蜜柑の炊き込みご飯・・・。不味すぎんだけど」


 季節限定めッ。もう二度と頼まんぞ・・・。


 俺の内心を知ってか知らずか、三人は自分たちだけで楽しそうに会話に花を咲かせていた。






 「あーあ、席替えまだかなぁ」


 昼を食べ終えた後藤くんが突然そんなことを言い出した。


 「まだ先なんじゃないのかな。普通席替えって二ヶ月に一回くらいじゃない?」


 久遠寺くんが答えると後藤くんは『やっぱりそうだよな』と露骨に落ち込んでみせた。


 「お前の席は一番前だもんな。俺は今のままでいいけどな」


 「そりゃお前の周りの女子は可愛いからそりゃそうだろうよ」


 中田くんは後藤くんを励まそうとするが、その言葉に後藤くんが食いつく。


 可愛い女子か・・・、誰だろうな。中田くんの周りだと確かーー。


 「確かに奈々瀬さんと橘さんは可愛いけど、全然話したことねぇよ」


 やっぱり那波だったか。そして橘さんというのは那波といつも一緒にいる女子のことだろう。


 那波が褒められると幼なじみとして嬉しくあるが、同時になんか嫌な気分になる。


 ヤキモチとかではないぞ、・・・多分。


 「久遠寺、お前の席も良いよな。奈々瀬と隣だし、後ろも黒田さんだろ。最高じゃねぇか」


 今度は後藤くんの矛先が久遠寺くんに向いた。


 「でも、僕だってほとんど話したことないよ。僕はどっちかというと相神くんの席のほうが羨ましいよ。窓際の後ろから二番目だもんね」


 あんまり色恋の話はしたくないのか、久遠寺くんは半ば強引に話を転換した。


 確かに俺の席はとてもいい位置にある。


 出席番号6番だから前から6番目、つまり後ろから二番目なのだ。


 「そうだろう、そうだろう。俺って昔っからずっと一番前の窓際だったからさ、こんなに後ろになったの初めてだよ」


 自分で言ってて違和感を覚えた。


 小中学校では、出席番号は名前順のためほぼ必然的に一番になっていたのだ。


 『あいがみ』なんて苗字ならそれはしかたのない事なのだ。


 にも関わらず、何故俺の出席番号は6番なのだろうか。


 その謎を俺が一人で考えていると、久遠寺くんが気づいたようだ。


 「どうかしたの?」


 「いや、素朴な疑問なんだけど・・・。出席番号って名前順だよな?」


 三人は俺の疑問に頷いて答える。


 「じゃあ何で俺は6番なんだ? 俺の前の席は確かに『秋鹿(あいか)』さんだから俺よりは早いけどさ」


 その疑問に三人共『何言ってんだこいつ』みたいな表情をして見てきた。


 「お前って本当に人の話聞いてないのな」


 後藤くんがバカにしてきた。


 ちょっとムカついた。


 「相神くん。それはただ単に相神くんより読み順が早い人が多いからだよ」


 久遠寺くんから聞かされた答えは至極単純明快なものだった。


 しかし・・・。


 「俺より早い苗字が5人もいるなんてありえるか?」


 「ありえるかって言われても、実際そうだしな。なあ?」


 中田くんに促され、久遠寺くんと後藤くんは頷く。


 「嘘だ、ちょっと名前全部言ってみてくれ」


 「阿井(あい)、藍浦(あいうら)、会内(あいうち)、相生(あいおい)、秋鹿(あいか)。っで相神(あいがみ)だから6番目だろ」


 マジで? すげーな、こんなに『あい』から始まる苗字が揃ったのって歴史上でも初めてなんじゃなかろうか。


 ギネスにでも申請出してみるか。


 「お前その全員と普通にこの間話してたからな」


 後藤くんがまたバカにしてきた。


 ちょっとムカついた。

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