第3話 体育
体育は好きですか?
この質問をした場合、好きと答える人は大抵が運動部である。
彼ら運動部は、我ら帰宅部を相手に本気で襲い掛かってくる。
それに対抗できるのは、帰宅部の中でもごく一部の何故か運動神経の良いやつだけだ。
前者は手加減を覚えろ。後者は才能の無駄だから何かやれ。
いつの時代も、体育の時間というものは男にとって究極のカースト制なのである。
弱者は強者にひざまずき、辛酸を嘗めることになる。
新学期が始まって最初の体育の授業である今日は、その運命への分かれ目なのである。
今は授業を外でやるか、体育館でやるか、日直が確認しに行っているところである。
教室で待機中、体育に全てを懸けている一部男子生徒達は上位になるべく、気を張り巡らせていた。
俺はというと、やる気が無いので自分の席でぼーっとしているところである。
俺は体育の授業ごときで本気は出すことはしない。
空手をやっていた俺からすれば、サッカーだの野球だの、あんなものはお遊びだ。
男の価値は強さで決まるのよ。自らの肉体を鍛え、その鍛えた力で勝利してこそ意味があるのだ。
お遊びに勝って優越感に浸るなど幼稚園で終わらせるべきだろう。
武道こそが男の真価を図ることが出来る唯一のものさしだ。それ以外は全て遊び。
窓の外を眺めながら、俺が真の強さの何たるかを考えていると、日直が戻ってきた。
「今日はバドミントンやるから体育館集合だって」
その言葉に教室で待機している男子生徒に緊張が走った。
運動部だけでなく、男子生徒全員だ。
先ほどまで俺と同じくぼーっとしていた帰宅部組も気合を入れ始めた。
そして、俺もその言葉にやる気を出さざるを得なくなった。
今こそ空手で培った身体能力を見せつけるときだろう。
俺たち男子全員は、気合を入れて体育館へと向かっていった。
だって、体育館だと女子がみてるんだもん。
「じゃあ、ダブルスでやるから適当にペア作って」
体育教師が指示を出す。
俺はペアを組むため、久遠寺くんに話し掛けた。
「久遠寺くん、俺とペア組もうぜ」
「うん、良いよ」
ペアを組むと、さっそく二人で体育館の端へより、練習を始めた。
久遠寺くんは小柄である。
慎重は160センチあるかどうかだろう。しかも細身だ。
もし、女子にちょっといいとこ見せてやろうとするならば、もっと強そうな者と組んだ方が良いと思うだろう。
しかし、実際それは関係ないのだ。
俺の経験上、体育の授業において勝ち負けは重要ではない。
いかにファインプレーをするかが重要なのである。
であれば、むしろ強いやつは敵となって貰うように立ち回らなければならない。
負けても目立てればOK。むしろ善戦すれば評価が上がるのだ。
そんな姑息なことを考えながら待っていると、俺達の試合の番が回ってきた。
コートに入り、女子の方をちらりと見る。すると那波とその友達何人かが俺達の方を見ていた。
俄然やる気の出た俺は気合を入れて試合相手を見る。
運の良いことに相手はサッカー部の岡島くんと、野球部の室井くんだった。
これで俺の力を存分に見せつけられるというもの。
せいぜい俺の人気の踏み台になってもらおうか。
試合の始まる前の俺と久遠寺くんを見る眼差しは、今では驚嘆の眼差しへと変わっていた。
「あ、あいつら。すげぇな」
観戦している男子の誰かが、モブのようなことを言い出した。
あいつらとはもちろん、俺ーーと久遠寺くんのことである。
「オラァ」
岡島くんは俺が打ち上げたハネを強烈なスマッシュで打ち返してきた。
未来予測により落ちる場所がわかる俺は難なくそれを全力で返す。
スマッシュをスマッシュで返すという離れ業を繰り出した訳だが、流石は野球部というべきか、室井くんが辛うじてそれを拾った。
しかしロブ気味の甘い返球となり、俺達にとっては絶好のチャンスとなった。
久遠寺くんが走りだし、そのハネを軽く返した。
あまりにも普通に返されたハネは、誰から見ても弱々しい動きをしていた。
普通ならこんなチャンスに何してんだと思うだろうが、実際は違う。
ハネは弱々しくも、岡島くんと室井くんのちょうど真ん中辺りへと落ち、二人は同時に動き出したが互いに遠慮して取り損ねるというミスにより失点することとなった。
「あと一点で僕らの勝ちだね」
「お、おう。そうだね」
ハイタッチを交わす俺たちを、二人は悔しそうに見ていた。
それも無理もない。俺達は信じられないくらい強かった。
俺は未来予測を使って、彼らが何処に打つのか予め分かっている。
その場所に先回りし、ハネを打ち返すことなど造作も無いのだ。
後は体力との勝負であるが、体育の授業のバドミントンは先に6点取った方の勝ちという簡単なルールだったので、体力切れなどまず起こさない。
問題は久遠寺くんである。
彼は力も弱く、素早いというわけではなかったが、とにかく打ち返す場所が上手い。
さっきのように相手の打ち返し辛い場所へ返したり、コートのライン上や相手の逆をつく所ばかり返球するのだ。
決してハネのスピードやパワーがある訳ではないのに、その絶妙なコントロールにより、相手を翻弄していた。
こうして、ハネを絶対に取りこぼさない俺と、相手の急所を的確に突く久遠寺くんによる最強のペアが完成したのであった。
まさに快進撃であった。
俺と久遠寺くん最強ペアに敵はなく、次々と敵を屠っていく。
その強さたるや修羅か羅刹のようである。
数々のペアを破った末、それは訪れた。
「よお、次は俺らとやろうぜ」
不良の金髪が俺たちに挑んできた。
こいつ、不良のくせにペアが組めたのか。
さっきからこいつの試合を見ていたが、こいつはかなり強そうだ。
何故ならこいつのペアである鈴木くんはかなり弱かった。
どれくらい弱いかというと、サーブでミスるくらいだ。普通に足手まといである。
にもかかわらず彼らペアはずっと勝ち続けていた。
ということはこの金髪は一人で二人を相手取れるほど強いということだ。
っていうか強いとか弱い関係なく不良と関わりたくないな。
「悪い、ちょっとトイレ行ってくるからその後にして」
仕方ないので逃げることにした。
トイレに篭って十分程時間を潰すと、無事時間切れとなり授業は終了した。
見事勝ち逃げをした俺は教室に戻ると直ぐに机に突っ伏した。
さすがに未来予測を使いすぎたな。
普段は自動で数瞬先がダブって見えているが、見ようと思えば数秒から一分程度まで先が見える。
ただ、それをやると精神的にひどく疲れるのだ。
どれくらい疲れるかというと、丸一日数学の問題集を休まず解き続けるのに匹敵する。いや、解いたことないから想像だけどね。
机に突っ伏していると、休み時間終了を知らせるチャイムが鳴った。
まだ一限目が終わったばかりなのに、俺は信じられないくらい疲弊していた。
次の現文の教科書とノートを用意して残りの授業のことを考え、早く放課後が来ないかと考えていた。
体育は好きですか?
いいえ、嫌いです。
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