第2話 幼なじみ
「へぇ~、じゃあ僕といっしょだ。僕も帰宅部なんだよ」
「やっぱ高校の部活って気合入ってそうでさ、気後れしちゃったんだよね」
「あはは、わかるわかる」
久遠寺くんと昼を食べたあと、すぐに戻るのもなんなので雑談することにした。
結構混んでいるからすぐ退いた方がいい気がするが、まぁ大丈夫だろう。
「でも部活に入ってる連中はクラス替えの時は楽だよな」
「そうかもね。結構グループできてたみたいだし」
部活に入ると色んなクラスの人間と仲良くなれるのでクラス替えも安心なのである。
だからといって俺は部活なんて面倒なものに入るつもりはないが・・・。
「あ、あの。と、となり座っても良いですか?」
しばらく久遠寺くんと話していると、女生徒が話しかけてきた。
「あ、すいません。俺たちもう退くんでっ! ってあれ? お前、那波か?」
「あ、うん。そうだけど」
声を掛けてきたのは奈々瀬那波(ななせ ななみ)。
俺の家の近所に住んでいる、いわゆる幼なじみというやつだ。
中学に入ってからはクラスも違ったのでほとんど会うこともなかったが、同じ学校に居るということは知っていた。
「二人とも知り合いなの?」
俺が言葉をきいて疑問に思ったのか、久遠寺くんが質問してきた。
「ああ、こいつは奈々瀬那波。幼なじみだよ」
「宜しくね」
俺の言葉に乗っかり、那波が久遠寺くんに挨拶した。
「僕は久遠寺。宜しく」
互いに挨拶を終え、那波は俺たちの机の空いている椅子に座った。
那波も昼飯は食べ終えたのか、パックのイチゴ牛乳を飲みながら一息ついていた。
「お前、こんなところに居ていいのか? 新しいクラスで友達とかいるだろ。交流は社会人の嗜みだぞ」
女子は特にグループが出来てしまうと輪に入るのが大変そうだ。勝手な想像だけど・・・。
だからこれは親切心からの忠告だった。幼なじみがぼっちじゃあんまりじゃないか。
まぁその時は俺が仲良くしてやらないでもないが。
「さっきまで一緒にお昼食べてたよ。それに前のクラスの子とも同じになれたし。それに・・・」
「なんだよ?」
「クラスメイトと交流なら今もしてるし・・・」
「ん?」
なんか要領を得ないな。
那波は天然というやつなのか、昔から結構よくわからないことを言うことがあった。
この程度の会話の齟齬などしょっちゅうだ。
そんな感慨に耽っていると、久遠寺くんが遠慮がちに俺に向かって言った。
「あ、相神くん。・・・奈々瀬さんは、僕達と同じクラスだよ」
「ええぇぇ」
マジかよ。まったく気づかなかった。こいつは昔から影が薄いからな。
那波の顔を見ると、居心地の悪そうな表情で頷いている。
いくら暫く会ってなかったにしても、ここまで完全に気づかないなんて。
かなり失礼な感想を抱くと同時に、こちらもかなりバツが悪くなった。
ここは気の利いたことセリフで少しでも罪悪感を払拭しよう。
そう思って那波に向かって口を開いたが・・・。
「マジかよ。まったく気づかなかった。お前は昔から影が薄いからな」
結局思ったことをそのまま口にしてしまう。正直なのが美徳とは限らないな。
「ひどいよ、零くん。昨日だって教室で手を振ったのにスルーされたしっ」
そう言われて少し考えたが、まるで覚えがなかった。
昨日は確かに一日中友達作ることでいっぱいだったからな。
ましてや女子なんて友達になれると思ってなかったから、自己紹介もほとんど聞いてなかった。
「スルーなんてするはずないだろ。き、気づかなかったのは、ほら、自己紹介のときあの金髪の不良が欠伸してただろ、それに気を取られて・・・」
「あれは私の自己紹介のずーっと前だよっ。それに手を振ったのもHRの前だしっ」
適当に嘘を吐いたら油を注いでしまった。てっきり教室でというのは一時間目の授業のときのことだと思ってしまった。思い込みって凄い。
「こ、声が大きいよ」
「あ、ご、ごめんなさい。つい勢いで・・・」
「ごめんな、久遠寺くん。こいつは昔から声がやたらデカいんだ」
「もぉー、そんなことないもんっ」
言ってるそばからでかい声を出す。やれやれだぜ。
それにしても中学では二、三ヶ月に一度程度しか話してなかったけど、意外に普通に話せるもんだな。
これからまたよろしく頼むぜ。
恥ずかしいので口になんて出せないが、心の中で那波にあらためて挨拶しておいた。
放課後、今日知り合ったばかりの久遠寺くんと一緒に帰ろうと、声をかけた。
しかし、どうやら久遠寺くんはチャリ通らしい。
それでも一緒に帰ってくれそうな雰囲気を出してくれてたが、申し訳ないので諦めることにした。
そうなると俺にはもう選択肢がない。
仕方ない、一人で帰るか。なんて考えていると後ろから声をかけられた。
「零くん、零くん。一緒に帰らない?」
なんとその声の主は那波だった。
「俺はいいけど、お前は友達とか大丈夫なの?」
那波にも付き合いというものがあるだろう。
「大丈夫だよ。みんな部活やってて時間が合わなくて」
なるほど、そういうことね。
てっきり俺に気があるのかと思ったよ、紛らわしい。
帰り道。
俺はクラスメイトの女子と一緒に下校するという快挙を成し遂げている。
・・・相手は幼なじみではあるが。
いや、考えようによってはむしろ王道とも言えるのではないだろうか。
「そういえば零くんは空手はもうやってないの?」
そう言って横を歩く那波は俺の顔を覗き見た。
「そうだなぁ。あれは部活で嫌々やってたようなもんだしな。中学だけで十分だ、今はのんびりしたい」
「えー、強かったのにもったいないなぁ」
那波よ、お前は知らないだろうが俺は弱かったぞ。
何しろ他校との試合も大会も勝利した回数など指の数で足りてしまう程なのだ。
むしろあれだけ弱くてよく続けたもんだよ、普通なら心が折れてる。
「そういう那波はやらないのか、部活は」
話を変えるため、那波に話題を振ることにした。
「私は入ってるよ、調理部」
「おお、それはまた女の子らしいーーというか那波らしいな。でもそれなら今日は部活は良かったのか?」
「うん、今日は部活なしになったから。それに普段もそこまで活動多くないし」
「そんなもんなのか、部活って言うと毎日あるイメージだけどな」
ま、普通の部活と違って材料費とか掛かりそうだしな。
知らんけど。
それにしても那波が調理部か。小学校の時はクッキーとかケーキとか色々作ってくれてたっけな。
あれ? なんか思い出しそうだけど・・・。ダメだ、ここまで出かかってるのに思い出せん。ま、いいか。
思い出せないということは重要じゃないことだからだと、最近ネットで見た。
「お、あそこの本屋がコンビニになってる。昨日は気づかなかったな」
「ホントだ。開店セールだって、寄ってこうよー」
子供みたいに袖をひく那波。
ボディタッチはやめてくれ、意識しちゃうだろ。
だが、とても嬉しかったのでこいつに何か奢ってやろう。
いや、ボディタッチがではないぞ、断じて。
中学からの疎遠のブランクをまるで気にせずに接してくれることが嬉しいんだ。
だからこの赤い頬は喜んでいる証だ。決して那波が可愛いからとか、女子と触れ合ったからではない。
そう自分を納得させ、赤面する顔をなんとか隠しながら、袖を引いて前を歩く那波についていった。
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