四節 「グリーンカレー……じゃない!? 謎の創作エスニックカレー!(4)」

 一瞬の沈黙の後、かなでの顔にぱっと花が咲く。


「すごーい! アリスちゃん、よく分かったね! その通り、このグリーンカレーはココナッツミルクの代わりに豆乳を使ってるの!」


「い、いえ。何となく馴染みのある味だったので……」


 純粋な笑顔で褒めるかなでに、アリスは恐縮したように頬を染めていた。


「なるほどー、豆乳かあ……。確かに言われてみれば、このまろやかで優し~い風味は、豆乳だね……!」


 翔子はまた一口カレーを食べると、感心したように呟いていた。


「私、このエリンギが好きです! 肉厚でしっかりした味わいが、まろやかだけど少しだけピリッとしたカレーとマッチして素敵です! 噛めば噛むほど染み出す旨味……至福の時間でふね~……」


 話しながらもカレーを口に運ぶアリス。


 遠目では分からなかったが、エリンギも入っていたらしい。もぐもぐと幸せそうに咀嚼する彼女の姿は、こちらにもその幸せが伝播するようだ。


「うーん、私はやっぱりこのカボチャ! スプーンで簡単に切れて……甘くて適度にとろっとした触感がもう最高ぉ~!」


 翔子はカボチャを適度な大きさに切り分け、カレーと共に頬張る。翔子はカボチャの甘みを堪能しながら、蕩けるような笑顔を浮かべていた。


「このほんのり甘いスープと青唐辛子の組み合わせは最高だよね……! ご飯とお野菜、どちらの魅力もぐんぐん引き上げちゃうの! この夏野菜ならではのベビーコーンって言うのも、可愛らしくて好きだな~」


 かなではスプーンで掬い上げたベビーコーンを眺めながら微笑んでいた。その後、それをぱくりと口に入れると、満足げに目を細める。



 ――何だか、めちゃくちゃ美味しそうじゃないか……。



 かなでたちが一口カレーを食べるたび、僕の胃は疼く。彼女たちの話を聞きながらも少しずつ食べていたフォーは、気づけば綺麗に片付いていた。


 これはこれで美味しかったが、今はあのグリーンカレーが気になって仕方がない……。


 初めは一体何の物語だと思っていたが、最早僕の予想は確信の域にまで入っている。


 女子高生が主人公だから青春ドラマや恋愛、大穴で現代ファンタジーなどを考えていたが、これはそんなかしこまったものではない。



 ――間違いない。これはグルメ物だ。



 であれば、僕の「加筆修正アド・リビトゥム」などは、何の出る幕もない。主人公たちは只々飲食店を渡り歩き、美味しく食事を頂き、そしてまた次の店へと向かうだけだ。


 僕の役回りは、その内の1件に偶然居合わせた客Dぐらいだ。一体何が出来るというのだろう。端役は端役のまま、物語は何の滞りもなく進む。



 それなら、もう僕も好きにさせてもらおう。



 僕は文字通り生唾を飲み込むと、1つの銃のイメージを浮かべる。鴨を墜とし、その先に待つカレーへと道を穿つそれは――猟銃。


 僕の全身に、弾丸を装填するレバーを引くかのごとき金属音が響き渡る。



「あの、すみません!」


 僕はカウンターに佇むプリチャさんを呼ぶ。彼女は美しい笑顔を携え、僕の下まで歩み寄って来た。


「ハーイ! どうされマシタ?」


 プリチャさんが小首を傾げる。どのような所作も全て綺麗に見えるから、外国の人と言うのは不思議だ。


「えっと、僕も……グリーンカレーをお願いしていいですか?」


「アラ、やっぱりアレだけじゃ足りマせんでしたヨネ? かしこまりマシタ。ショウショウお待ちくださイ!」


 元気に去っていくプリチャさん。正直、もう腹はある程度満たされているのだが、どうしてもあのグリーンカレーを食べて見たくて仕方がなかった。


 そんな僕の様子を見て、かなで達は目を見合わせて微笑んでいた。自分たちの影響で他の客が興味を持ってしまったのが、何となく可笑しかったのだろう。彼女たちの純粋な笑顔を見ていると、少しだけ僕も恥ずかしくなってしまった。


「お、マスター。じゃあ俺も久々にカレー食おうかな」


 しかし彼女たちの様子が気になっていたのは、僕だけではなかったようだ。カウンターにいた中年男性も、長々と話していた店主らしき男性に、注文をする。


「へー、珍しい。いつもはダラダラと酒を飲むだけなのに」


「はっ、何だか若い子たちが美味そうに食ってるのを見てたら腹が減っちまったよ。まあ、天童てんどうさんのメシは他では食えない物ばかりだし、たまにはしっかり味わっとかねえとな」


「はいはい……」


 苦笑いを浮かべて準備を始める店主、天童。店員は見るからに外国人だが、店主の方は日本人らしい。


 そんな中、店の奥に居た若い夫婦の方からも声が聞こえた。


「なあ、俺たちも食わねえか、あのカレー」


「ええ! でももう食べきれないよ……」


「じゃあ半分にしようぜ。食べきれなかった分は、俺が食べるから」


「うーん、まあそれなら……」


「よし、決まりだな。すみませーん! こっちにもカレー1つください! あと出来れば取り皿も1つ!」


「かしこまりマシター! うーん、今日はカナデ達のおかげでニギやかだネ!」


 カウンターの奥の厨房から、香辛料の心地よい香りが店内へと充満する。



 真夏の夕暮れ、プラシットの店内には和やかな空気が優しく流れていた。

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