三節 「グリーンカレー……じゃない!? 謎の創作エスニックカレー!(3)」
僕はあまりにも意外な食材が使われている事に戦慄した。
今しがた僕が食べたチャーシューは、豚のチャーシューではない。鴨肉から作られる鴨チャーシューだった。
その瞬間、先程口にしたスープの正体も、鴨
こうなって来ると、もう僕の箸は止まらない。
米粉で作られたフォー特有のもちもちとした弾力のある麺を啜ると、鴨と醤油、そして散りばめられた柚子の豊かな風味を味わえる。
味玉やメンマは良いアクセントだ。和風な味付けの中に、中華麺としての要素が加わる事で、日本人好みの味付けに仕上がっている。深みのあるスープを纏った味玉は、これまでに食べた事のない充足感を僕に与えた。
何よりもこの鴨チャーシューだ。豚のチャーシューでは味わえないある種の淡白さを備えつつも、しっかりとした醤油の味を内包している。ほんのりと薫る香味は、どうやら味付けにショウガも使ったらしい。これもまた、このフォー全体の味を締める優秀な脇役だ。
――脇役?
そこで僕は我に返った。気付けば目の前の「鴨出汁フォー」は既に半分以上が喪失していた。食べる前にはようやく引き始めていた汗も、今ではまた全身から噴き出している。
しかし、今はそんな事を残念がっている余裕はない。完全に本来の使命を忘れていたが、僕はかなで達を注視しなければいけなかった。
思い立って彼女達の席に目を遣ると、先程頼んでいたグリーンカレーが丁度到着した所だった。
「わー! すごーい! これ、グリーンカレーだよね!」
「グリーン……カレー……?」
「ふっふっふ。翔子ちゃん、それは食べてのお楽しみだよ……!」
声を上げて感動する翔子と、不思議そうな眼差しで目の前の料理をまじまじと眺めるアリス。その様子を見ながら、かなでは不敵に笑っていた。
彼女達のテーブルに、カレーを盛った広めの皿が1枚ずつ渡る。
皿の真ん中には白米が盛られ、片側には少し緑がかった黄白色のカレースープ、もう片方には葉野菜をベースにしたサラダらしき物が盛り付けられていた。
スープの中からは、ここから見ても分かる程に存在感を放つイチョウ型のカボチャが覗いている。辛うじて見える紫色の具材は、夏野菜という括りから想像するに茄子だろう。他にもいくつか野菜が入っているようだが、この距離ではその正体までは分からない。
ただ、夏野菜が工夫点ではあるだろうが、エスニック系のカレーと言えば大体あのような物に落ち着くだろう。ライスとさらさらのスープ状のカレー。シンプルではあるが、いつものカレーとは一味違って良い物だ。
「これは、どうやって食べればいいんですか? カレーライスにしては、盛り付けが独特だと思うんですが……」
アリスが遠慮がちに質問する。
「うーん……好きなように食べていいんだけど、一応ご飯に適量のスープを掛けながら食べるっていうのが、実際の食べ方かな。私はそうやって食べるよ」
「私は普通のカレーライスみたいにがばっと掬って食べるよ! どっちでも美味しいから、両方試してみたら?」
かなでと翔子は、思い思いの食べ方を教える。
アリスは彼女たちの言葉を受けて、おそるおそると言った様子でスプーンにカレーを掬い、ライスに少量掛ける。
そして彼女はカレーで濡れたライスを一口分スプーンに取ると、そのままぱくりと口に運んだ。
「ん! ん! 何でふか、これ! 不思議な味ですぅ~!」
感動から、もぐもぐと咀嚼しつつもその場でぴょこぴょこ小さく跳ねるアリス。
その様子を笑いながら眺めていた翔子は、ライスとカレーの境目にスプーンを入れて両方掬い、そのまま口まで運ぶ。
「え! 何これ!」
食べた瞬間、目を見開く翔子。彼女のその表情は、驚愕に満たされている。
かなではその様子を、得意げな笑みを浮かべて眺めていた。
「グリーンカレー……じゃない!?」
翔子は目の前の料理に顔を寄せ、まじまじと見つめながら声を上げる。
「ふっふっふ。そうとも言えるし、そうとも言えない。それがこのお店のグリーンカレーなんだなぁ」
「えっ、えっ、どういうことですか? これ、グリーンカレーじゃないんですか?」
物知りげな表情で話すかなで。その隣で、アリスは困惑の表情を浮かべていた。
「いや、雰囲気はグリーンカレーなんだよね……。何かと言われれば間違いなくグリーンカレー。だけど肝心のアレが……」
「アレ?」
翔子は目の前の料理の正体を推理するが、アリスは全くピンと来ていないようだ。
「そう、このグリーンカレー……実は肝心のココナッツミルクを使ってないの! 流石、翔子ちゃんはすぐに分かったね!」
「えへへ、まあねー!」
翔子の予想は当たっていたようで、かなでは彼女を称賛する。
「ココナッツミルク……?」
アリスは何の事やら分からないと言った様子で、今食べている料理を小首を傾げて眺めていた。
「うーん、だけど何だろうこれ。ココナッツミルクに似てるんだけど、もう少しあっさりした優しい味。コクもあるんだけど野菜たちの甘みを邪魔しない謙虚さ……」
「ふふ、悩んでるね……!」
うんうんと唸りながら、それでもぱくぱくとカレーを口に運ぶ翔子。その正面でかなでは幸せそうにカボチャを頬張る。
「おいし~! 唐辛子のぴりりとしたアクセントがカボチャの甘さを引き立てて……最高ぉ……」
「もう! かなでったら、また自分の世界に入っちゃって! 私はこのスープの正体が分からなくて消化不良だよぉ~!」
その様子を見てばたばたと手足を動かす翔子。
翔子の困り果てた姿を見かねたかなでは、どうやらそろそろ正解を教える気になったらしい。
「うーん……しょうがないなあ、翔子ちゃんは。実はこのスープはね……」
しかし、かなでがその正体を口にしようとした時、隣に座っていたアリスがぼそりと呟いた。
「これ……豆乳ですよね?」
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