終 「All is well that ends well.」

 ジェームズ達がチャネリング駅を去った後、僕は彼らが蒸気機関車で駆け抜けた線路を歩き続けていた。


 周囲は、建造物も見当たらない荒野である。


 もう何日が経過したか分からない。もしかすると、何か月の単位かもしれない。


 疲れを知らないこの身体は、ぼんやりと歩き続けるには最高の状態だった。


 こうして歩き続けるのは、何か明確な目的がある訳ではない。


 ジェームズ達が進んで行ったこの道を歩いていれば、いつかまた彼らに会えるかもしれない。そんな細やかな希望の下に、時間を潰しているだけだ。


 汽車で走って行った彼らに徒歩で、それもゾンビの脚で追い付けるなどとは、到底考えてはいない。


 しかし自分自身の生活という概念がない今、僕に出来る事は、せめて物語の端役として、主人公達を眺められる場所へと進む事だけなのだ。

 


 そうこうしている内に、また夜が来て、朝が来た。



 地平線の果てには、確かに壁らしき物が見えなくもない。この距離で見えると言う事は、余程高い壁を築いたのだろう。


 オールド・アッシュという州は既に死に絶えた物として、世界は認識しているようだ。


 あの壁は、その象徴でもある。

 


 ジェームズ達の目的は、あの壁の外に行く事なのだろうか。それとも、この州の復活を願っているのだろうか。


 感染者を根絶やしにする事で、これ以上の犠牲者を生まないという方向性も考えられる。


 何であったとしても、僕が歩き続けている間にその物語は終わりを告げそうだ。もう一度、ジェームズ達に会う事はないだろう。


 仕方がない。僕の存在は、そういう物なのだから。



 ――そしてどうやら、その終焉は今から訪れるらしい。



 独特の低音を響かせながら、いくつもの戦闘機が頭上を抜けて行く。


 しばらくすると、どこか遠くで眩い閃光が射し、遅れて、轟音と地響きが届いた。


 あれは、チャネリングの街辺りだろうか。


 何が起きたかは一目で分かる。


 街の底から伸びる、大きな笠を持ったキノコ型の煙は、僕の知識の中にただひとつしか示唆する物がない。


 オールド・アッシュは、本当の意味で終焉を遂げる。


 であれば、ジェームズ達は既に壁の外だろう。長い旅を終え、出会いと別れを繰り返し、きっと生存する事が出来たはずだ。


 そして僕は――ここで消えなければならない存在ゾンビだ。


 頭上を駆け抜ける戦闘機は、次々に黒い物体を投下する。それらが地上に触れる瞬間、あちこちで爆発と火の手が上がり始めた。


 炎上する荒野。



 ――僕は独り、ここにいる。



 寂しくはない。恐ろしくもない。何なら、この世界が救済された事を嬉しくさえ思う。


 もうやる事もなかった。いつしか、終わる事を願ってさえいたかもしれない。


 そうして僕の真上を通った戦闘機は、あの黒い爆弾を、僕に向かって只々事務的に投下した。



 弾け飛ぶ四肢。炎上する肉体。


 炎に包まれ、薄れゆく視界の中で――僕は思う。



 ――流石に次は、もう少しマシな役回りにしてくれ。



 それを最後に、僕の視界は完全なる白に包まれた。

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