八節 「April showers bring May flowers.」

 どうやら僕の「加筆修正」は、意図せぬ形で完遂した事になってしまったようだ。


 僕が本来考えていた使い方としては、「志半ばで死んでいった少年を、眠るべき場所で眠らせる」と言う物だった。


 しかし実際には、「既に死んでいる登場人物の遺体を、主人公達の前に移動する」という全く以って意味不明な効力で行使してしまった事になる。



 今回の「加筆修正」は、完全に失敗に終わった。



 とは言え、どの道主人公達にとって益になる使い方をしようとしていた訳でもない。これは単純に、僕の自己満足のための行動だった。


 であれば、そう悲観的になる事もないのかもしれない。そもそも、ゾンビなんかの状態で何かを成そうと言う発想こそが間違いだったのだ。


 そう割り切ってしまうともうやることもないので、とりあえずジェームズ達が向かった車庫へと歩みを進める。


 元々行こうとした場所だった事もあって、大体の位置は覚えていた。



  *** 



 車庫はそう遠くない場所にあったため、僕の足でもあまり時間を要さず辿り着く事が出来た。


「『S.T.』って、これの事だったのね……」


 僕が徐々に近付いて行く中、シンディーの声が聞こえて来る。先に着いていたジェームズ達は、既に目的としていた物を発見したようだ。


「キースは、これの事を俺たちに伝えようとしていたのか……」


 ジェームズが呟く。



steam train蒸気機関車……これなら、電気が通ってなくても動くはずだ」



 ウィリアムの言葉が、薄暗い車両倉庫内に響く。


 彼らの視線の先では、現代には時代錯誤だとさえ思われる蒸気機関車が、悠然と彼らを見下ろしていた。


「だけど、こんな骨董品みたいな汽車が動くのかよ?」


 ジェームズが疑問を口にする。これに返したのは、レイだった。


「蒸気機関車はチャネリングシティの名物にもなっているぐらい、有名な観光資源なんだ。実際に年一回、乗客を募ってこの汽車を走らせるイベントも行われていたから、動かし方さえ分かれば十分に使えるはずだよ。僕も流石に蒸気機関は盲点だったね……」


「キースは、その事を知っていたのか……?」


「いや、おそらくあのガキも死ぬ少し前に気付いたはずだ。初めから知っていたら、生きている間に口にしただろう。もしかしたらあいつは、今際いまわきわに意識を取り戻して、その事を俺たちに伝えるために戻って来たのかもしれないな……」


 ウィリアムの言葉で、一同は暫し沈黙する。


 その胸中は、おそらくキースへの想いで満たされていた事だろう。



 ……何だか知らないけど、物語が進んでいる。



 失敗だと思っていたが、案外これで正解だったのかもしれない。まさか蒸気機関車があるなんて思いもしなかった。


 石炭と車庫……なるほど、勘の良い人間なら蒸気機関を想像するか。


 いや全く、僕には思いも寄らない結論だった。



「それで、これの動かし方は誰か分かるのか……?」


 ジェームズが、不安げに口を開いた。


「一応、原理ぐらいなら俺でも分かる。動かすだけなら、おそらく出来るはずだ」


 ウィリアムが答える。軍人と言うのは、意外と多彩なようだ。


「オッケー。じゃあ、ウィリアム……頼んだぜ!」


「言われるまでもない。さあ、全員さっさと乗り込め!」


 ウィリアムの声に発破を掛けられ、面々は汽車へと乗り込む。


 その後、しばらくぼんやりと眺めていると、機関車の最前部にある煙突からもくもくと黒い煙が上がり始めた。


 初めて見るその発車の瞬間に、少しだけ感動する。


 煙は徐々に勢いを増し、金属の棒で連結された車輪は、独特の機械音を鳴らし始めた。



 ――いよいよ、発車する……!



 周囲からは蒸気機関の轟音に寄って来たゾンビ達が、群れを成し始めている。線路の上には、見えるだけでも既に数十のゾンビ達が徘徊していた。


 車輪の回転が速度を増す。それに合わせて、車両が前へ前へと進み始める。



 ――行け、ジェームズ! こんなふざけた場所からは、早く脱出してしまえ!



 僕の手はがっちりと拳を握り締めていた。彼らへの情念が内側でたかぶり続けるのを感じる。


 汽車が速度を増すに連れ、僕の身体は自然と線路に近付いていたが、もうそんなことはどうでも良かった。



 そして――車両倉庫から全身を露わにした汽車が、勢いを増しながら僕の方へと迫る。



「さあ、楽しい汽車の旅の始まりだ!」


 すれ違い様、汽車の中からウィリアムの叫ぶ声が聞こえた。


 大量の煙を噴き出す時代錯誤の車両は、僕の目と鼻の先を、強風を巻き起こしながら通過していく。


 そのあまりの勢いに、僕の身体はバランスを崩し、後ろへと吹き飛ばされてしまった。



 後には、線路上を加速しながら去っていく蒸気機関車の姿。



 線路に群がっていた有象無象のゾンビ達は、次々と車両に撥ね飛ばされ宙を舞う。


 進み続けるんだ、ジェームズ。



 キースの分まで――君は生きるんだ。



 こうして、ジェームズ達はオールド・アッシュ州チャネリング駅を、蒸気機関車で去って行った。


 仲間との思い出を――胸に秘めながら。

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