七節 「Pennies from heaven.」

 キースを引き摺って構内を歩いていると、遠くからジェームズ達の声が聞こえて来た。


 彼らが暴れ回った結果として、駅に集まっていたゾンビの数は初めに比べて大幅に減少している。


 とは言え、未だ彼らの行く手を阻むには十分な数が残っていた。


「駅の外には出られないぞ! ウィリアム、どうやって脱出するんだ!」


「俺に聞いても知るか! とにかく、別の出口を探すしかない!」


 ジェームズとウィリアムの揉める声が、徐々に近付いて来る。


 会話の内容から察するに、構内のゾンビは減らしたものの、外はまだ大量のゾンビ達によって包囲されているのだろう。



 何にしても、彼らがまだこの辺りをうろついていたと言うのは、若干の誤算である。



 出来れば彼らの目に留まることなく、キースを運んでしまいたかった。


 彼らの仲間であるキースの遺体を運んでいる所などが見つかれば、僕は確実に襲われるだろう。


 そうなれば、数の力でしか戦えないゾンビには、何の勝ち目もない。



 ――僕の贖罪は、成し遂げられることは無い。



 とは言え、このまま強行する事も不可能だ。既に彼らの声は、おそらく僕を視認出来る限界にまで近付いている。

 


 仕方がない。ここは一旦隠れることにしよう。



 僕は手の力を緩めて、キースの遺体を床に下ろす。


「ぅあっ……」


 しかし手の力を緩め過ぎ、握っていた構内図と石もキースと共に床へと落ちる。手の力は握る分には問題ないが、弱めるのは難しい事を失念していた。


 急いで拾おうかとも考えたが、想像していた以上に、ジェームズ達が近付くのは速い。彼らを遮るゾンビが、随分と減っているからだろう。


 ここで、倒されるよりは――。


 僕は断腸の思いで彼の形見と思しき物品もとりあえず放置し、その場を離れる。


 急いで手頃な場所に隠れなければ。


 徐々に、迫りくる足音。


 僕の足は、明らかに彼らより遅い。もし彼らに視認されれば、僕は世界のルールによって戦闘を余儀なくされる。


 急げ――!


 僕は必至の思いで脚を動かし続け、どうにか彼らから見つからない柱の後ろに隠れることが出来た。



 ……間に合った。



 安堵の感情が、空っぽの胸中に流れる。


 後は「床に転がっている遺体のひとつがよく見るとキース」と言う事実にさえ気付かれなければ完璧だ――が。



「おい、これ……キースじゃないか?」



 ダメだった。


 世界はそう甘くなかった。



「え……本当だわ……! 待って。何か一緒に落ちてる……!」


 シンディーが、僕の忘れ物にまで気付く。


 考え得る限り、最悪の状況だと言ってよいだろう。



 ……どうしよう。



「これは……構内図みたいだね。この駅の見取り図みたいな物かな」


「どうしてそんな物と一緒に、キースがこんな所にいるんだ……?」


 レイの発言に、ジェームズが疑念を抱く。


 まずい。こんな状態からだでは、出て行って言い訳する事もできない。


「おい。それ……何か印が付けられてないか?」


 ウィリアムが、構内図に付けられた印を指摘しているようだ。


 ああ、ああ、もう……僕の目的地まで……。


「本当だ。ここは……車庫か?」


「あれ? 隣に何か書いてあるわ。S……T……? 何かしら、S.T.って……」


 僕には解読できなかった文字部分も、彼らには読めるようだ。


 車庫と「S.T.」……。



 いや、読めたとしても僕にはさっぱり分からない。



「ねえ、これも落ちてたよ」


 少し前にレイの背中を下りていたエイミーが、キースの形見と思しき石を拾って皆に見せている。


 それだけは許して欲しかったが……見つかってしまったら、もうどうしようもない。


「うーん、これは……石炭だね」


「石炭?」


 エイミーから石を受け取ったレイの言葉に、ジェームズは更に困惑した表情を浮かべる。


 一体これらが何なのか、全く以って分からないと言った表情だ。


 まあ、確かに……実際のところ、これらが何なのか、僕にも分かっていた訳ではない。


「……おい。もしかすると、そいつはとんでもない物かもしれないぞ……!」


 黙り込んでいたウィリアムが、何かに気付いたように彼らに伝える。


「とんでもない物って何だよ、ウィリアム」


「それは……いや、説明は後だ。あまりここに長居する訳にもいかない。とにかく今は、印が付いているその車庫とやらに向かうぞ! 急げ!」


 興奮した様子のウィリアムが、突如走り出す。


「あ! おい、待てよ! ウィリアム!」


 他の面々も、焦ったように彼の後を追い掛け始める。


「はっ、あのガキ……最期に、最高の置き土産を用意してやがった……!」


 彼らが遠ざかる中、高揚するウィリアムの声が耳に届く。



 ――よし、行ったか。



 バタバタと駆ける彼らの足音が遠退いたところで、僕は再びキースの下にまで歩み寄った。


 そして今度こそ目的を果たそうと、横たわるキースの身体に腕を伸ばす。



「……ぁ。ぅうっ……!」



 しかしその時には、彼を運ぶどころか、僕はキースに指一本触れることは出来なくなっていた。

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