三節 「Even a worm will turn.」

 階段を上った先で「1階」の表記を見つける。そこで初めて、僕が先ほどまでいた場所が地下だったのだと気が付いた。


 1階は階下とは比べ物にならないほど、広大な空間だった。想像していたより随分と大きな駅に僕はいたようだ。


 石造りの壁には広告が並び、構内各所には点々と売店らしきものがある。頭上には、今は何も表示していない電光掲示板なども見受けられた。


 その広い空間にいるのは、生きた利用者たちではなく、血に飢えたゾンビの大群。


 密度こそ抑えられているとはいえ、その数は地下にいたゾンビ達を遥かに上回っていた。


 そんな中、遠くで騒音を鳴らしながら戦っているのは、先程見掛けたジェームズ達だ。


「キース! いたら返事をしてくれ! キース!」


 ジェームズは叫びながら戦っている。


 キース……というのは、あの中にいない誰かの事だろうか。とすると彼らは、はぐれた仲間を探しているのだろう。


 この広い構内で1人の人間を見つけ出すのは簡単な事ではない。ましてや、この数のゾンビを相手にしながらと言うのは相当な手間だ。


「エイミーちゃん、大丈夫かい? 良ければ、僕がおぶってあげるよ」


 医者の男が、赤毛の女の子……エイミーに声を掛ける。距離があって姿はよく見えないが、確かにあの子は随分と息を切らしているようだ。手を引いてもらって走るのも、そろそろ限界だろう。


「ありがとう、レイ先生。さ、エイミー」


「うん……ありがとう」


 手を引いていた制服の少女が、レイと呼ばれた医者の方へとエイミーを促す。レイは腰を屈め、エイミーがその背中へとよじ登る。


「ははっ、どうだい。高いだろう!」


「……うん!」


「お、良かったな、エイミー!」


 少しだけ、声に活力が戻るエイミー。


 その姿を横目に見たジェームズは、目前に迫るゾンビの頭に鉄パイプを叩き込みながら、声を掛けていた。


「余所見してる暇があるのか、クソガキ」


 タン、タン、タンと、ウィリアムの放つ3発の銃声と共に倒れる3体のゾンビ。その内の1体の腹を踏み潰しながら、彼は更に前へと進む。


「いちいちうるせえな! あんた絶対モテないだろ!」


 1体、2体とジェームズもゾンビを処理していく。


「調子に乗んなよ。お前みたいに、メスガキと乳繰り合ってる時間は俺にはないんだよ」


 ウィリアムは棘のある声で、ジェームズに返した。


「あ? シンディーはそんなんじゃねえよ!」


「誰もそいつの事とは言ってないだろうが。何だ。やっぱりお前らそういう関係なのか」


「ちょっと! 2人共、真面目にやってよ!」


 ごちゃごちゃと言い合うジェームズとウィリアムに、後ろから制服の少女が怒声を浴びせる。おそらく、今2人の話に上がったシンディーと言うのが、この少女の事だろう。


 シンディーに叱られた2人は、そのまま黙って戦い続ける。そうこうしている内に、彼らはひとつの売店の中へと入って行った。


「キース! どこかに隠れてるなら返事をしてくれ! 俺たちはここにいるぞ!」


「キース!」


 ジェームズとシンディーが叫びながら、売店の中をうろついている。


 彼らが都合よく袋小路に入ってくれたので、これなら僕の足でも追い付けそうである。徐々に距離を詰めて、僕はどうにか売店の前まで辿り着いた。


「ぁ……ぁあ……」


 ゾンビの演技も完璧である。周囲のゾンビに紛れ、僕は訳の分からない呻き声を上げながら、彼らの様子を見守っていた。


「おい、いないならさっさと出るぞ! 流石にこの狭さで戦うのには限界がある!」


 入口付近で戦っているウィリアムが、店内にいる面々に叫ぶ。実際、探し人は売店にはいなかったようで、彼らは周囲のゾンビを蹴散らしながら、売店を出て行った。



 一体、誰を探しているんだろうか。



 ふと、僕の中に疑問が湧いた。


 周囲に生きている人間の気配はない。この構内で死臭のしない人間は彼ら5人だけなので、残念ながら彼らが探している仲間は、おそらく既に死んでいるだろう。


 僕の知っている人間ではないはずだが、空っぽの頭の中に、少しだけ引っ掛かっている何かがある。一体僕は何が気になっているのだろうか。


 そうして目線を落としてみると、すっかり忘れていたが、僕の手には握り潰されてぐしゃぐしゃになった紙と謎の黒い石が握られていた。



 ……ああ、そうか。



 生きた人間に心当たりはないが、つい先ほどまでには心当たりがある。彼らの尋ね人は、きっとあの少年だろう。


 よし。とりあえず、僕の方針は決まった。


 きっと彼らは、あの少年を見つけ出す。そこに先回りしておけば、肝心のシーンを見逃す事もないはずだ。


 だとすれば、僕は先に彼を発見して追い掛けていた方が、足の速いジェームズ達を追い掛けるよりも効率的である。


 ――そうと決まれば、善は急げだ。


 僕はもう一度、あの少年と再会するため、歩き始める。



 彼らの仲間を僕が殺したらしいと言う事実に関しては、一旦考えない事にした。

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