終 「三日目(vii)~天才は低く呪詛を吐く」
僕たちは本土へと帰る漁船に揺られていた。
面々は、皆一様に安堵の表情を浮かべている。
本土から助けに来た船の主は、増田さんだった。
当日には帰ると言っていた僕が帰らなかったので、不審に感じていたようだ。もう少し早く様子を見に行くつもりだったが、昨晩までの嵐のせいで今日になってしまったらしい。
当然だが、康介たちが呼んだから来た訳ではない。恐ろしい偶然が重なっただけである。
何にしてもありがとう、増田さん。
そしてごめんなさい。飲み会の話はナシです。
「はー、丈二はやっぱり死んじまってたか……。そりゃ残念だ……」
佐織から事件の概要を聞いて、増田さんは少しだけ悲しそうな表情をしてくれた。
思っていたより悲嘆に暮れたりしないのが若干残念な気もしたが、流石に状況が状況だったので、ある程度覚悟はしていたのだろう。
海の上では死人が出る事だって稀ではない。
――僕の場合は、やや特殊だが。
「それより、そこの兄ちゃんは大丈夫か……?」
船の
「ああ、大丈夫ですよ」
「だ、大丈夫じゃない……」
明彦の
「こ、康介……水を……水をくれ……!」
明彦が、か弱い声で康介に助けを求める。
「え! 何! 聞こえないんだけど!」
康介が明彦の口元にまで耳を寄せて声を上げる。
「み、水……!」
「水? 水か。はいはい……ほれ」
康介が近くにあったペットボトルを明彦に渡す。明彦はそれを縋るように受け取り、ぐいぐいと口に注ぎ込んだ。
「あ! おい、それ!」
明彦を見て増田さんが焦ったように、声を上げる。
「ぅ……おぇえっ!」
「おいおい、明彦何やってんだよ!」
その瞬間、明彦は口に含んだ水を、勢いよく海へと吐き出した。
これは……。
「おい、そりゃ海水だぞ! 飲み水ならそっちのだ!」
増田さんが、船に積まれていたクーラーボックスの1つを指し示す。康介は苦笑いを浮かべて、その中に入っていた別のペットボトルを明彦に渡した。
「お、覚えていろ康介……。この地獄の揺り
ごくごくと喉を鳴らしながら水を飲み干した後、明彦は康介へ呪詛を垂れる。
「悪い悪い。悪気はなかったんだって」
「ゆる、さ……ぅ……」
「あ……おい! 明彦! 明彦ォー!」
何事かを呟く途中で、意識を失う明彦。
康介は倒れ行く友人の名を、海に吠えた。
――その瞬間、僕の周りにきらきらと光の粒が舞い始めた。
「お?」
久々に声を出してみるが、当然周りの者には届いていない。
粒子は僕の身体から発生しているようで、その数は瞬く間に増えて行く。それらは僕の視界を海上から、光の波の中へと誘い始めた。
「なるほど、これで終わりって事か」
本来であれば、明彦が意識を失う事で、僕は物語を傍観することが出来なくなる。
しかし今だけは、もっと特別な意味を持っていた。
――悔恨島での事件が、これで幕を閉じるのだ。
徐々に、僕の身体は透明度を増していた。成仏する時と言うのは、こういう感覚なのだろうか。
少しだけ、この物語に思いを馳せる。
思えば、序盤の「加筆修正」が最後の最後まで影響を及ぼしていた。
僕のせいで、桂太は必要以上に人を殺してしまったし、僕の存在がその後の事件に加担してしまった部分もある。
――だとしても、僕の選択に間違いはなかったと思う。
僕が傍観者たればこそ、今はそう思える。
ずっと彼らを眺めていただけだったけど、そもそも眺める事さえ出来なかった状況からここまで持って行けたのなら上出来だろう。
名脇役には、なれなかった気もするけれど。
そうだな……今回の物語。
――僕には、何の後悔もなかった。
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