第四章 感染封鎖エリア オールド・アッシュ
序 「Haste makes waste.」
(承前)
真っ暗な駅の構内。視界を照らすのは、懐中電灯の明かりだけだ。
キース=タナーは彼らの
「電気が通ってない以上、電車を動かすことは出来ない……。予備電源を見つけるか、あるいは……」
キースは自分の望む答えを探し、あてもなく構内をうろついていた。
彼の手元から伸びる光は、辺りを丸く映し出す。限られた視界ではあるが、今はこの拙い明かりだけが頼りだった。
「くそっ、これじゃオレだけが役立たずだ……」
先の戦いでは、ジェームズやウィリアムに命を救われた。
仲間を守る側だと思っていた自分が、守られる側にしかなれないと分かった時、彼の内にはどうしようもなくもどかしい気持ちだけが湧き起こっていたのだ。
自分だって、やれる。自分だって、誰かを守れる。
――ふと、死んでいった難民キャンプの仲間たちの事を思い出す。
あの時、キースの命を優先して送り出してくれた彼らの姿が、今も脳裏に焼き付いて離れない。本当はもっと上手く出来たんじゃないか、もっと自分に力があれば皆を救えたんじゃないか。
心を支配するのは――後悔ばかりだ。
「もう……守られてるだけじゃダメなんだ。オレが……オレがジェームズ達を助ける番だ」
彼が扉を開けたのは、本来なら駅の関係者だけが立ち入ることの出来るスタッフルーム。デスクや資料、そして駅員たちの私物と思われる様々な品が、そこには散乱していた。
おそらくもうこの世にはいない誰かを思い、キースは出来る限り何も落ちていない床を踏む。
何か役に立つ物があれば――。
そう考えて彼がライトを振った壁には、いくつかの写真が飾られていた。
その中の一枚が、キースの目に留まる。
「これは……そうか! もしかして……!」
途端、彼は部屋中に散乱している資料を、片っ端から漁り始めた。無我夢中で紙きれの山を
「これだ……!」
キースが手にしたのは、駅構内の地図。おそらく、従業員用に作られたものだろう。
彼はそれを、床の上に広げた。懐中電灯をその傍らに転がし、地図全体を照らし出す。
その後、キースはデスクの上から赤いペンを抜き取ると、地図の上でその手を走らせ始めた。
「今いるのがここで、アレがあるとすれば……ここだ!」
キースは、地図上の一点をぐるぐると赤く囲む。その後、地図を握り締めてすくと立ち上がると、彼はスタッフルームから飛び出した。
キースは高揚していた。
彼の予想が正しければ、突破口はそこにある。何の役にも立てないと思っていた自分が、仲間たちの未来を創ることが出来る。キースは、心臓が胸の奥で騒がしく暴れ回るのを感じていた。
そして――彼は辿り着く。
「……あった」
果たして、彼が求めていた物は、そこにあった。
「は、ははっ! あったぞ! これでオレたちは逃げられる! 壁だってもう遠くねえ! ジェームズ、オレは見つけたぞ! オレたちの希望ってヤツを!」
キースは、心の奥底から湧き上がる喜びを抑えることが出来なかった。懐中電灯で照らされたそれは、彼が来るのを待っていたかのように、そこにあったのだ。
これで逃げられる。これで助かる。
必ず上手く行くと言う保証はないが、それでも活路は見出せたはずだ。
そして何よりも――。
「もう役立たずじゃねえ。オレだってやれる。オレだってあいつらのために何か出来るんだ……!」
キースの声は――暗い深淵へと消えていった。
概ね満足のいく結果を得たキースは、一度ジェームズ達の下へ戻ろうと踵を返す。
彼が懐中電灯で辺りを照らすと、薄暗い視界の中で、何かが動いた気がした。
「ん?」
彼は明かりをそちらに向ける。
「おいおい、ウソだろ……!」
それが何か分かった時には、既にキースは走り出していた。
「ふざけんなふざけんなふざけんな! クソッ、何でこんな時に! あともう一歩なんだよ! あいつらにアレの事を教えるまでぐらい、待ってくれてもいいじゃねえか!」
キースは喚きながら暗い構内を走る。彼の動きに合わせて、懐中電灯の丸い光は
「おいおい、冗談だって言ってくれよ……」
彼が地下鉄の改札にまで戻って来た時には、すでに辺りは奴らで埋め尽くされていた。
その群れはキースの血肉を狙い、徐々に彼の周りを囲む。
「はっ、万事休す……って事か」
背後は既に、彼を追ってきた連中で塞がれている。もうキースには、進むことも戻る事も許されない。
一歩、また一歩とキースへにじり寄る奴ら。
そんな光景を前にしたキースはひとつ深くため息を吐くと、真っ暗な天井を仰ぎ、呟いた。
「なあ……オレ、頑張ったよな……?」
――キースは、一斉に群がって来た屍たちに、瞬く間に飲まれていった。
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