二十一節 「三日目(vi)~吸血鬼伝説の真相」

 黎が桂太の肩を抱き、2人は連れ添ってワインセラーを後にする。


 それに続いて、ぞろぞろと他の面々も居間へと帰って行った。



 しかし明彦は地下の隠し部屋に残り、何事かを考え込んでいた。



「お? どうした、明彦」


 その様子に気付いた康介が、声を掛ける。


「うん……事件は、終わったけど、少しばかり吸血鬼伝説の真相も気になってね」


「吸血鬼伝説の真相? その棺桶の事か?」


 康介は、部屋の中央に置かれた2つの棺を指差す。


「その通り。どうだい、康介。海昏島、最後の探検だ。この棺の中をあらためてみると言うのは」


 明彦は、康介の方へ目線を送りながら、にやりと笑った。


「ほー、明彦から誘ってくるとは思わなかったな! いいぜ。その話、乗った! いやー、俺もちょっと気にはなってたんだよな」


 ノリノリで棺の蓋に手を掛ける康介。明彦も康介と反対側に立ち、棺の蓋に手を掛ける。


「せーの!」


 康介の掛け声で、2人は手に力を込める。しかし、棺の蓋はびくともしなかった。


「おーい、明彦!」


 康介が呆れたように、明彦を責める。


「はぁ、はぁ……。すまない……。ボクには無理そうだ……。寧ろ康介だけの方が……良いかもしれない……」


 息を切らしながら謝る非力な明彦。


「はあ……。まったく、お前って奴は……。分かった分かった。俺に任せとけ。……そいっ!」


 今度は康介が1人で、棺の中央部に手を掛け、蓋を押し開ける。


 ずるずるとスライドして行った木製の蓋は、瞬く間に床へと滑り落ちた。


「どれどれ。お、こっちは島の青年とか言う方かな? はー、本当にいたんだな。ちょっとホラーだけど」


 康介が棺の中を覗き、感想を漏らす。


 棺には、古めかしいボロの和装を身に纏った、白骨死体が眠っていた。


 その着物からして、この人物が男性だった事が見て取れる。もしかすると、この館の主人も和装を好む人物だった可能性はあるが、それでも彼は伝説に語られる当時の青年だったと考える方が素直な解釈だろう。


 どちらにせよ、もうひとつの棺を開ければ、何かしらの確信を得られるはずだ。


「よし、それじゃあ、こっちも開けてくれるかな」


「オッケー! そぉいっ!」


 どうやら康介は何となくコツを掴んだようで、次は先程より手早く蓋を床に落とす。


 2人はその中にある物を見て、しばし黙り込んだ。


「おい、これ……が、館の主……だよな?」


「まあ、そうとしか考えられないね……」


 明彦と康介の間に入り、僕も棺の中を覗き込む。


 こちらは洋装の白骨死体だった。服の雰囲気からして、そう年齢層の高い人物ではなさそうだ。ボロくはなっているが、そのは、老齢の人物よりも若い女性によく似合いそうである。


「館の主って……女だったのかよ……」


 康介が呟く。



 ――そう、そんな事は僕も知らなかった。



 確かに伝承において、この館の主の性別に言及する事はないが、勝手に男だと思い込んでいた。まさか若い女性が、渡来してきた商人だったとは……。少しだけ、伝承に対する印象が変わる。


「ふっ、そういう事か……」


 いつの間にか、部屋の端の机の方へと移動していた明彦が、ぼそりと呟く。


 彼の手には、数枚の古い紙切れが握られていた。


「お? 何だそれ」


 明彦の声に気付いた康介が尋ねる。


「いや、大した物ではないさ。結局、吸血鬼なんて物も、この島には存在しなかったんだよ。そうさ。真実の裏には結局、人間の意思しかないんだよ……」


 明彦が、手にしていた紙を康介に手渡す。


 康介は、怪訝な様子でそれを読み始めたが、最後には驚愕した表情を浮かべていた。


「おい、これって……!」


「幽霊の正体見たり、枯れ尾花ってね。そんなもんなんだよ、現実なんて」


 気になって、僕も康介の後ろから紙切れを覗き込む。



 そこには――。




 ――ミミズの這ったような筆文字が書かれており、僕にはさっぱり読めなかった。




 おい! 僕にも分かるように共有してくれ! こんな所で、がくの差を見せ付けるな!



 彼らは2人で勝手に得心のいったような顔をして、にやにやと笑っていた。




 ――その後の明彦と康介の会話から分かったが、2人の専門は昔の日本の文学らしい。


 流石にそれは反則だろう……。


 僕に、付いていける訳がなかった。



  ***



「時に弥勒院先生。事件は解決したものの、島から帰る方法が解決していないのですが」


 静まり返った居間の中、康介はおどけた調子で明彦に声を掛けた。


「うん、それはそうなんだよね……。キャプテンも死んじゃったから、本来迎えが来るはずの明日になっても、誰かが来てくれる保証はない」


 明彦は、紛う事なき現実をもって、康介への返答とした。


「ダメじゃん! 全員共倒れじゃん!」


 康介が叫んだ。


 傍から見ていて少しだけ申し訳ない気持ちになる。僕の不甲斐なさが招いた事だ。すまない、康介。


 いや、しかしこれは僕の不甲斐なさか? 「加筆修正」の結果と考えればそうか。やっぱりすまない、康介。


「どうだろう、康介君。自慢の大声で、海に向かって助けを呼ぶというのは」


 その様子を見ていた黎が、訳の分からない提案をしてきた。


 彼は、医学生として大丈夫なのだろうか。


「そうですね。もう、それしかありません」


「いや、それだけは本当に無意味だと思うけど……」


 黎の提案に納得したように頷く康介と、それを冷静に否定する明彦。


 そして康介は突然立ち上がると、居間の入り口へと歩いて行った。


「え? 何してるんだ、みんな。港に行くぞ」


「えぇ……」


 きょとんとした顔で、皆へ促す康介。明彦は完全に引いていた。


「さあさあ!」


 康介は全員を無理やり立たせ、ぐいぐいと部屋の外へと追い出す。


 黎だけは、何故か少し乗り気だった。



 ――しかしその後、強引な康介に連れられ、彼らが港で助けを求めて叫んでいると、本当に迎えの船が島へとやってきた。



 明彦は、驚愕の表情を浮かべたまま暫く固まっていた。

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