十七節 「三日目(ii)~ワインセラーでの問答」

「桂太さん……」


 佐織は、納棺される焼死体を見下ろしながら悲嘆に暮れる。


 一同は既に慣れ切った手付きで、淡々と棺の中に遺体を納めていた。


 明彦は、ぼそりと呟く。


「吸血鬼は日の光にかれて死ぬ……か。徹底したものだね」

 


 炎上する遺体の下に辿り着いた時、桂太は木の板で作り上げた簡易な十字架に大毅と同じように磔にされ、心臓には杭が突き立てられていた。


 大毅と違ったのは、既に彼の肉体は随分と燃えた後の様で、その顔を見ても誰なのか判別出来ない程に炭化していた事だ。


 しかし、辛うじて形を残していた装飾品や衣服、また彼だけがいない状況からしても、桂太で間違いないだろうと一同は判断した。


 発見直後は全員で水を運び、無事鎮火はしたものの、当然、彼の命が助かるはずもなかった。皆、そんなことは分かり切っていたが、それでも消さない訳にはいかなかった。


 一縷いちるの望みを賭けて、などという殊勝な考えではない。


 ――ただそこに、燃えている物があったから。


 皆が、可能な限り無心で出来る行動を模索した結果でしかなかった。



「流石にここまで燃え尽きてしまうと、桂太の正確な死因は分からないかな。もしかしたら何か調べ方があるのかもしれないけど、少なくとも今の僕に出来ることは無いね」


 ワインセラーで、黎は見解を述べる。


「まあ、流石にボクも期待はしていなかったから大丈夫だよ。それよりも、今優先すべき事は、これ以上犠牲者が出ないような方策を考える事かもしれないね」


 明彦は淡々と話し続ける。


「そんな事……もう考えるまでもないじゃない」


 そこに、佐織が口を挟む。


「考えるまでもない? どういう事だい?」


 明彦が疑わしげに彼女の方を向く。


「アリバイよ。今朝の事件、桂太さんがいつ死んだかまでは分からないけど、少なくとも死体が燃えていた時、1人だったのは優と堀田さんだけじゃない。つまり、ここまでの事件に一貫してアリバイが無いのは……」


「優センパイだけ……って事ですか?」


 意図を察したあかねが、佐織の言葉の続きを繋ぐ。


「え、えぇ! ちょっと待ってくださいよ! 僕はただ部屋で眠っていただけなんです! 桂太さんを殺すなんて出来るわけ……」


 優が焦って反論した。その表情には、自分が追い詰められていると言う状況への、怯えも含まれているように見える。


「だから! 殺したのがいつかは分からないけど、火を付けられたのはあんただけでしょって言ってんの! それに、あたし見たんだから」


「見た? 何をだい?」


 明彦が口を挟んだ。彼の声音からは、佐織の発言に対し非常に懐疑的な印象を持っている事がよく伝わってくる。


梯子はしごよ。優の部屋の窓から広場を見た時、真下の繁みに梯子が落ちてたわ。あれを使えば、たとえ2階とは言え、私たちが集まっている間に桂太さんに火を付けて、戻ってくる事は可能だわ」


「は、梯子? し、知らないよ! 僕はそんな物、知らない!」


 必死になって抵抗を試みる優。しかし佐織とあかねの目は、既に忌むべき殺人犯を糾弾する者の目だった。


「ボクも流石にそれは難しいと思うんだけど」


「難しかろうが何だろうが、状況的にもう優しかあり得ないじゃない。そもそも、アリバイに関しては明彦君が言い出した事でしょ? あたしには、優が犯人だとしか思えないわ」


「犯人だと断定するには、まだ証拠が」


「うるさいわね! じゃあ、他に犯人がいるっていうなら、連れて来てみなさいよ!」


 しつこく絡む明彦に対し、苛立ちがピークに達した佐織が激昂する。しかし、突然の感情的な圧力に対しても明彦が臆した様子はない。


「……残念だけど、それは出来ないね」


 臆してはいないが、策もなかった。


「だったら黙ってなさいよ。さて、優はどうしようか。自供しないなら、拷問でもして吐かせる?」


 物騒な事を口走る佐織。その目は完全に血走っており、最早冗談とは思えない。


 一方の優本人は、既に怯えて声も出ない状態だった。


「いや、だから……」


 明彦が口を挟もうとするものの、佐織は既に歯止めが利かない状態だった。明彦の声など全く届いていないようで、ジリジリと優との距離を詰めている。


「その辺にしておこう、佐織ちゃん」


 そこで佐織の前に立ちはだかったのは、黎だった。


「黎さん……」


「確かに、佐織ちゃんの言う事には説得力があるような気がする。だけど、明彦君の言う通り証拠が出揃っていないのも事実。そこでどうだろう。優君には悪いけど、一旦彼をどこかに閉じ込めてみるというのは。明彦君が調査を続けるのなら、優君がやっていないと言う証拠を見つけられる可能性もある。もし彼が本当に犯人なら、これ以上事件は起きない。どうだい?」


 佐織、明彦、優の順に、目線を変えながら黎は提案した。


「まあ、それがこの状況では無難な選択かな。落とし所だという気はするよ」


「……あたしも、とりあえずそれでいいわ。どうせこいつが犯人なんだし、それで少しは安心ね」


「優君は……どうする? 僕たちは君の人間としての尊厳を無視して、無情にも監禁しようとしている。一応、断ることも出来るんだよ?」


 震えながら成り行きを見守っていた優に、黎が声を掛けた。


「あ、あの……。僕も、その……閉じ込めてもらって、大丈夫、です……。それ以外には……どうしようもなさそうですし……」


 彼は、弱々しく俯きながら答えた。


「……ありがとう、決まりだね。では監禁場所は、入り口も一つしかなくて監視しやすい、このワインセラーでいいかな? 居間には常に誰かがいて、この部屋から彼が出られないよう見張る。念のため、優君の手は椅子か何かに縛っておく事にしよう。……こんな所でどうかな?」


 黎の提案に、一同は静かに頷いた。


「じゃあ、優君。君が犯人じゃないなら、船が来るまでのあと1日、ここで耐え抜いてくれ。きっと明彦君が、君の潔白を証明してくれるはずだ」


「わ、分かりました……!」



 その後、優の右手首は近くのワイン棚のフレームに縄で繋がれ、一同はそのまま優を残し、ワインセラーを後にした。


 優以外の面々は地下から居間へと戻り、それぞれ適当な所に腰掛ける。


「ふぅー、これで一安心ね」


「いや、それはどうだろう……」


 対照的な明彦と佐織。


 ふと気になって康介の方を見てみると、話に付いていけていないのかほうけたような顔をしていた。彼はどこか宙を見つめたまま、黙り込んでいる。


 その目には、現状を理解しようという気力が全く感じられなかった。


 康介、現実から逃げてはダメだ。


 向き合え。自らの理解力と。

 


 ――しかしそんな安寧は、一発の銃声で脆くも掻き消えた。



「今のは……!」


 黎が立ち上がる。


「ちっ、やられたか!」


 突如イキイキとした表情を取り戻した康介が、音の聞こえた方向――ワインセラーへと走り出す。


 彼でも、この状況だけは理解できたようだ。


 康介に続いて、雪崩れ込むように地下へと降りて行く一同。

 

 僕たちは、薄暗いワインセラーの中、優が居たはずの奥へと駆けて行く。



 ――そこでは、こめかみに銃弾を受けた元木優が、虚ろな顔で座り込んだまま絶命していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る