十六節 「三日目(i)~嵐が過ぎて」

 翌朝、明彦が相も変わらず床の上で目を覚ますと、窓から燦々さんさんと朝の日が射し込んでいた。


 突然の光に、思わず目を……細めない。瞳孔などと言う概念は、今の僕にはなかった。


「うがっ……」


 明彦の方は目元に直接光を受け、眩しそうな表情で呻く。



 ――嵐は、夜の内に過ぎ去ったようだ。



  ***



 食堂へと明彦が現れた頃には、既に朝食の時刻を2分ほど過ぎていた。


「おーい、遅いぞ、明彦! 今度はお前かと思ったじゃねえか!」


 康介が声を上げる。明彦はぼんやりとしたまま、その声を聞き流していた。


 メンバーは殆ど揃っているようだが、やはりまたしても全員は揃っていない。珍しく黎も間に合っているため、今ここにいないのは普段遅れないタイプの人間だ。


 ――嫌な予感がする。


「倉橋さんと、元木君は?」


 明彦は、まだ姿を見せていない2人の名前を口にした。


「まだ来ていない。ちょっとまずい状況かもしれないな」


 黎はそれに対し、思案気に返答する。


「2人の様子を見に行こう。倉橋さんの方は、ボクと進藤さんで。庄司さん、三島さん、康介は元木君の所に行ってくれ。堀田さんは念のためここに残ってて。2人が来るかもしれない」


「オッケーイ!」


 明彦の指示を聞いて、即座に康介が駆け出す。他の面々も、反論している余裕などある訳もなく、黙って明彦の言葉に従った。



  ***



 初めは頑張って走ろうとしていた明彦だったが、あまりにも苦しそうな様子を見かねた黎が、歩いて向かうよう促した。今回は体力に多少の余裕を持って、桂太の部屋の前にまで着く明彦。


「倉橋さん。起きてますか?」


「桂太ー、大丈夫かー?」


 戸を軽く叩きながら、明彦と黎が口々に桂太を呼ぶが、反応は一向にない。


「これは……まずいかもしれないね」


 明彦が呟き、ドアノブを捻る。扉は何の抵抗もなく、すんなりと開いた。


「開いてる……?」


 明彦はそのまま桂太の部屋へと入る。黎もその後に続いた。


 桂太の部屋は特に荒らされた様子もなく、ここで何かが起きた形跡は見つからない。


 ――桂太の部屋にはただ、彼自身の姿だけがなかった。


 その後も念のため部屋中を2人で隈なく探したが、特に怪しい箇所もなく、当然桂太が見つかる事もなかった。


「いないなあ……」


 明彦の顔を見ながら反応を待つ黎。


「……とりあえず、元木君の方に合流しようか」


 2人は桂太の部屋を出て、優の部屋へと向かった。



  ***



 優の部屋の前は康介と女性陣によって、恐ろしい喧騒が繰り広げられていた。


「元木ぃ! 開けろぉ! 開けないと殺すぞぉ!」


「優センパイ! 夜道に気を付けた方がいいですよ! 本当にっちゃいますからね!」


「優! 死ねぇ!」



 どうしてこうなった。



 康介は扉を叩き続けながら脅迫し続け、あかねはその後ろから謎の警告を叫び続ける。佐織に至っては、目を血走らせて扉を蹴り続け、優への呪詛を垂れ流していた。


 ……そこまでやってしまうと、居たとしても怖くて出られないんじゃなかろうか。



「何だい、これは……」


「お、明彦! 倉橋さんは?」


 明彦の姿を見て、大人しくなる康介。


「いや、鍵は開いていたんだけど、部屋には居なかったよ。見つかりそうにもないから、とりあえず合流した形だね。元木君の方は?」


「鍵は閉まってるけど反応がないな。とりあえずこのメンバーじゃ扉も破れないから、中に居る事を願って騒ぎ続けてた」


「ああ、それでこんなことに……」


 そうだとしても、ああはならない気がする。



 などと話していると、ガチャリ、と鍵が開く音がした。



「お?」


 康介が声を漏らす。 


「こ、この騒ぎは何なんですか……?」


 扉を開け、五体満足の優が眠そうに目を擦りながら姿を現した。


「何なんですかじゃねぇよ、ボケ! 殺すぞ!」


「えぇ!」


 先ほどの余波が残り続ける康介。優は完全に怯えていた。


「落ち着くんだ、康介。ちょっとおかしくなってる」


「あ? あ、あぁ……」


 明彦の目を見て、徐々に落ち着きを取り戻す康介。野犬か何かなのだろうか。


「何? 結局優は寝てただけなの? 人騒がせな……」


「すみません、何か頭がぼんやりして、全然目が覚めませんでした……」


 佐織は、苛立った様子で優を糾弾する。対して優の方は、まだ眠いのかぼんやりと目線が彷徨っていた。


「ふむ、じゃあ優君はこれで良いとして、桂太はどこに行ったんだろう……」


 黎が呟く。この場にいる全員に、緊張が走った。


 しばし、静まり返る面々。



 その時、洋館の外――中庭の方から、パチパチと何かが弾けるような音が聞こえて来た。


「え、これ何の音ですか……?」


 あかねが困惑した表情を浮かべ、呟いた。


 彼女の傍にいた佐織は、ゆっくりと優の部屋へと入り、中庭の見える窓へと向かう。


 窓を開けて身を乗り出した佐織は、きょろきょろと周囲を見渡すと、突如身体を引っ込めて、皆の方を振り返った。


「ね、ねえ! あれ!」


 彼女は、洋館前の広場を指差している。


 その声で、慌てたように佐織の下へと駆け寄る明彦と康介。


 佐織が示す先にある光景を見て、2人は囁く。


「おい、あれ……倉橋さんじゃねえか?」


「……どうやら、遅かったみたいだね」


 明彦の後ろから、僕も窓の外を覗き込む。



 ――広場の中央では、十字架に掛けられた倉橋桂太らしき人物が、朝日を受けて炎上していた。

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