十五節 「二日目(v)~嵐は止まぬ」

 夕食までの間に康介と明彦は、優と黎に事件当時の行動を訊きに行っていた。


 結果としては、やはり2人共、2件の殺人においてアリバイを立証できる状況にはいなかったようだ。


 優は恭子の事件の際、部屋で追試か何かの勉強をしており、大毅の時には案の定ぐっすりと就寝していたらしい。黎は聞くまでもなく、どちらの事件も部屋で寝ていたそうだ。


 後は堀田が大毅の事件が起きた時に何をしていたかが不明だが、訊きに行く時間もなかったので、2人は暫定で就寝していたと考えることにした。



 そして夕食の時間。一同は再び食堂へと集合していた。


 康介を除く全てのメンバーが、ただただ黙々と料理を口に運ぶ。食堂内には、カチャカチャと食器が触れ合う音が鳴り響く他は、外の嵐が窓を叩く音と、康介がバカみたいに料理の感想を叫ぶ声が聞こえるばかりだ。


 うるさいぞ、康介。


「うるさいよ、康介」


 僕が感じていた通りに、明彦が注意する。


「いや、でもこんなうまい物を食って、黙ってはいられねえよ。やっぱりジャムパンじゃ料理には勝てん!」


 康介の恩知らずな発言に、むっとした表情で一瞬あかねが手を止めた。しかし大した事でもないと判断したのか、彼女はそのまま何事もなかったかのように、食事を続ける。


「また睡眠薬を盛られても知らないよ」


「おっと……」


 明彦の言葉で、ぴたりと康介の手が止まる。その場にいた面々も、手を止めて明彦の方へと視線を向けた。


「睡眠薬……?」


 桂太が明彦の顔を見ながら呟く。


「ここまでの状況から考えて、昨日の夕食には睡眠薬が混入していた可能性が高いんだ。今日の食事にも入っていないとは断言できない」


「……いやっ!」


 明彦の発言を聞いて、あかねは思わずテーブルにスプーンを投げ捨てる。他の者も、ゆっくりと食器から手を放していった。


「……この状況でそんな事を断言するっていう事は、それなりに根拠はあるんでしょうね、明彦君? 妄想を垂れ流して、いたずらに不安を煽っているなら、流石に冗談じゃ済まないわよ?」


 佐織はその場で立ち上がり、明彦を威圧した。しかし明彦は一切物怖じすることなく、挑発的に口角を上げた。


「当然さ。今日一日、僕は独自に事件の調査を行ったんだ。根拠は明白だよ。何なら、この場にいる全員に、今の時点での調査結果を教えてもいい」


「……ほう、それは大した自信だな。では弥勒院君、俺たちにその調査結果とやらを話してみてくれないか?」


 懐疑的な目線を向けながら、桂太は明彦に促す。


「構わないよ。ただし、混乱させないためにボク自身が確信の持てていない推理は話さない。基本的には、あくまで調べてみて分かった事実だけだ」


 桂太がゆっくりと頷いた。一同も、沈黙によってその先を促す。


 明彦は彼らに、恭子のスマートフォンの動画の件、そしてその動画の撮影時刻と大毅の死亡推定時刻頃の全員のアリバイの有無、大毅の殺害状況等の話をした。


「今日分かっただけでこれぐらいだね。当たり前の事だけど、亡霊なんかの仕業じゃないよ。れっきとした人間の犯行だし、その犯人はほぼ間違いなくこの中にいる」


「っ……!」


 全員が、言葉を失う。


「そんな……あり得ません!」


 最初に口を開いたのはあかねだった。


「どうしてだい? あり得ない理由がないと思うんだけど。ボクには亡霊なんかの方が余程ありえない存在だと思えるけどね」


「だって、人を殺すなんて……そんな人は……」


「この中にはいない……だっけ? そんなのは根拠でも何でもないよ。ただの日和見ひよりみ主義者の、浅ましい願望でしかない。はっきり言って、ただの逃避だ」


 あかねが口をつぐむ。ぐっと唇を噛み締め、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。


「お、おい! 流石に言い過ぎだぞ、明彦!」


 康介があかねを庇い、口を挟む。しかし明彦は、悪びれもせず言葉を続けた。


「事実だから仕方がないさ。少なくとも亡霊なんかに比べれば、人が人を殺す動機の方が圧倒的に存在し得るのは自明の事だよ」


 明彦の発言の直後、窓の外から稲光が射し込んだ。遅れて、食堂内に轟音が雪崩れ込み、ガタガタと窓を揺らす。


「とりあえず、現状としては元木君と進藤さんには事件が起きたと思われる時刻にはアリバイがない。2人は疑われる可能性が高いから、言動には注意した方が良いよ。こういう異常な状況だと、身に覚えがなくても思わぬ報復を受ける事もあるからね」


「な……! お、俺は、やってない!」


 優が即座に声を荒げて反論した。


「だからボクも、キミが犯人だとは言ってないよ。ただ、現状疑われやすいから気を付けるようアドバイスしただけさ。本当にキミが何もやっていないのなら、堂々としていればいい。そうすれば……真実がキミを守ってくれるはずさ」


 二の句が継げない優。


 その様子を、黎は特に焦る様子もなく冷静に見つめていた。


「進藤さんは、特に否定もしないんですね」


 そんな黎に、康介が尋ねる。


「うーん、勿論僕も後ろめたい事は無いんだけどね。ただ、身の潔白を証明する事も出来ないから、どうしようもないだけかな。ここは明彦君の助言を、有難く頂戴することにするよ」


「懸命な判断だね」


 明彦が満足そうに答えた。


 ここまで落ち着かれると、黎は本当に犯人じゃないんじゃないかという気さえする。


「とにかく、今夜は各自しっかりと施錠して警戒を怠らない事が大事だよ。あと、全員部屋は2階に移動した方が良い。堀田さん、まだ空き部屋はあるんだよね?」


「あ、ああ。1階と2階でそれぞれ10部屋あるから、足りるはずだよ……」


 厨房の傍にいた堀田が、突如明彦に声を掛けられたせいで、焦ったように答える。


「じゃあ元から2階だった人はそのままで。1階に泊まっていた元木君、庄司さん、三島さん、進藤さん、それに堀田さんは、この後2階に移動しておいて」


「ちょっと、何を勝手な事を……」


 明彦の指示に、佐織が反論しようと試みるが、それは桂太によって制された。


「いや、ここは弥勒院君に従おう。大毅みたいに、窓から侵入してきて襲われるとも限らない。この中に犯人がいるかは別としても、それぐらいの警戒はしておい方が良い」


「け、桂太さんがそう言うなら……」


 年長者の桂太に説得され、佐織は押し黙った。


「それじゃあ、この方針でいいかな?」


「一応、質問なんだけど、全員一か所に集まって過ごすって言うのはダメなのかい?」


 黎が軽く手を挙げて意見を述べる。明彦は小さくかぶりを振った。


「ダメって事はないけど、お互いに警戒し合えるメリットよりも、それぞれが犯人を近寄らせないメリットの方が大きいと僕は思ってる。犯人の人数も動機も分からない以上、その気になれば殺せる距離にいる方が危険じゃないかな」


「なるほど。分かったよ、ありがとう。明彦君の指示に全面的に従おう」


「ありがとう」


 明彦の説明に納得したのか、黎は軽く微笑んで、挙げていた手を下ろす。


「それじゃあ、他に用がなければ、それぞれ夜の準備をしよう。今晩は、誰一人死ぬ事なく乗り切るんだ」


「おうっ!」


 明彦の鼓舞に、康介が気合いを込めて返事をする。しかしそんな彼とは対照的に、他の面々は黙ってぞろぞろと食堂を去って行った。


「あれ?」


 周りをきょろきょろと見渡す康介。気付けば食堂には明彦と康介だけが残っていた。


 明彦は康介に歩み寄って呟く。


「ずっと思っていたけど、キミはちょっと能天気すぎるよ」


「そんぐらいの方が、人生しぶとく生きていける気がしねえか?」


「ふっ……。まあ、その方がキミらしいと言えばらしいのかな」


「だろ?」


 2人は顔を見合わせ、笑い合う。



 その後、康介は明彦の肩にがっしりと手を回し、2人は連れ添って食堂を後にした。

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