十四節 「二日目(iv)~昼食時」
昼食は各自でどうにかする事を完全に失念していた明彦と康介は、腹を空かせて虚ろな表情をしていた。
食堂に行ったものの何も用意されていなかった事に絶望した2人は、無言で館内を放浪し、いつしか居間に辿り着いていた。
2人はどこか宙を見ながら居間のソファーに座り込み、微動だにしない。
「ど、どうしたんですか……2人共……」
そこへ入り口から、あかねがメロンパンを食べながら現れた。
「三島! 良い所に! パンを分けてくれ!」
「えっ! えぇ?」
突如立ち上がり、目を血走らせながらあかねの両肩に掴みかかる。あかねは急な出来事に、驚愕を通り越してやや恐怖を抱いている様子だった。
「やめるんだ、康介……! さもしいぞ……!」
「なりふり構っていられる状況か、明彦? このままでは次の犠牲者は俺たちになるぞ……!」
どう繕っても不謹慎だとしか思えないジョークを投げ付ける康介。対して明彦は、自分の最後のプライドと戦うので必死だった。
「三島! 余ってるパンはないのか? 余ってないなら、その今お前が食ってる残りでもいい。このままでは飢えて死ぬ!」
必死の形相であかねに訴え続ける康介。
「え、えぇ……? いや、一応あとジャムパンなら2つほど……」
「ジャムパン! ジャムか! くそ、出来ればしょっぱい系のパンが良かったが、この際贅沢は言えない! そのジャムパンをくれ!」
「い、いいですよ……どうぞ」
あかねは手に提げていたビニール袋の中から、ジャムパンを1つ康介に渡した。康介は慌てて包みを開けたかと思うと、貪るようにジャムパンを食べ始めた。
「うめえ、うめえよ……。ジャムパンってこんなにうまかったっけ……。あ、甘い。あ、口の中ぱさぱさになってきた。牛乳とか欲しいな……」
ジャムパンを齧り続ける康介。その光景を、明彦は羨ましそうに眺めていた。
「そ、それって……ボクも、もらったりしても……」
「明彦はいらねェんだったよなァ! あッ? 体裁が大事なお坊ちゃんだからよォ! このジャムパンは全部俺のモンなんだよ! ハッハッハァ!」
「う、ぐぅ……」
突如チンピラと化す康介に、明彦からはぐぅの音しか出ない。
「いや、私のですけど……」
あかねは冷静だった。
――何だこれ。
「弥勒院さんもどうぞ」
「み、三島さん……。ただの脳内スカスカ短絡思考お嬢さんかと思っていたけど、そんな慈悲深い一面があったとは……」
「康介センパイ、弥勒院さんはやっぱりパン要らないそうです」
「あ、あぁ……! すまない! 今のは……そ、そう! 言葉の綾なんだ! 本当はそんな事、1
明彦が珍しく
「ね、ねはん……? え、何ですか?」
「要はパン欲しいんだってさ」
身も蓋もない康介。
「はぁ……分かりましたよ……。どうぞ」
「恩に着るよ」
突然いつもの澄まし顔に戻ったかと思うと、あかねから貰ったジャムパンをもそもそと食べる明彦。
こうして、明彦と康介の昼飯食いっぱぐれ事件は幕を閉じた。
あかねは――若干引いていた。
***
「それで、2人は何をしていたんですか?」
「事件の調査を少々ね」
パンを食べ終えた明彦と康介は、居間のソファーに座り、あかねと向かい合っていた。すっかり元通りになった明彦は、偉そうに足を組んであかねを見据えている。
「へー、そうなんですね……。それで、何か分かったんですか?」
あかねは少しだけ、表情を翳らせた。恭子の遺体を発見した時の事を思い出してしまったのかもしれない。
「うーん、分かったような、分からなかったような……」
康介が首を捻る。
「まあ、調査はまだまだ始まったばかりって所だね。ピースが全然出揃ってない感じだ」
明彦はあかねの様子を伺いながら、続けた。
「それで、三島さんにもちょっと聞きたい事があるんだ。昨日の午後5時頃って何をしていたか覚えてるかな? 事件の重要な手掛かりになるかもしれないんだけど……」
「5時頃ですか? うーん、はっきりとは覚えてませんけど……。夕食の前の時間……? 多分、脚本の復習をしてたか、演技の練習をしてたか……。あ、そうだ。演技の練習をする時はスマホで撮るようにしてるから、残ってるはずです」
あかねは、ポケットから自分のスマートフォンを取り出す。ケースには、可愛らしい子犬のイラストが描かれていた。
「スマホで? それはよくやる練習方法なのかい?」
明彦が尋ねる。
「そうですね。その……恭子センパイがそうすると良いって教えてくれたので……」
「へー、塚原さんがね……」
康介が思案気に相槌を打った。
「あ、ありました。午後5時35分ですね」
あかねがスマートフォンで動画を見せる。その画角や動画内容は、ほぼ恭子の物と類似していた。
画面を見ながら、明彦があかねに尋ねる。
「この前後で妙な物音とか言い争う声なんかは聞かなかった?」
「うーん、いや聞いてないですね。外は大嵐だったし、それ以外の音は殆ど……」
「なるほどね……」
ソファーへと深く座り直し、何事かを考える明彦。続いて、康介が尋ねる。
「ちなみになんだけど、昨日の夜、メシ食った後めちゃくちゃ眠くならなかった?」
「ご飯の後……? うーん、いや、寧ろあんな事があった後で全然眠れなかったので、佐織センパイの部屋で結構遅くまで話してましたけど……」
「お?」
康介が明彦の方へ糾弾するような視線を送る。しかし明彦は全く動じることもなく、言葉を返した。
「もしかして、三島さんと庄司さんは殆ど食事を摂らなかったんじゃないのかい? それこそ、水一滴も飲んでないとか」
「あ、そうです。食欲もなかったし、水を見てると何だかあの時の光景を思い出しちゃって……」
それ見たかと言わんばかりのしたり顔で、康介に視線を送る明彦。康介は若干悔しそうにあかねの方へと顔を戻した。
明彦は続ける。
「じゃあ、夜の内にガラスが割れるような音とかは聞かなかったのかな?」
「ああ、大毅センパイの部屋の事ですね。いや、特にそういうのは。あの部屋は佐織センパイの部屋から結構離れてるし、やっぱりあの嵐じゃ……」
「まあ、そうだよね……」
少しだけ残念そうに腕組みをする明彦。
「で、昨日の夜は結局、庄司さんといつまで話してたんだ?」
続けて、康介が尋ねる。
「最後に時計を見た時には1時でしたけど……そのまま疲れちゃって、佐織センパイの部屋で私も一緒に寝ちゃいました」
「なるほど。一応朝まで一緒には居たと……」
呟く康介。
「分かった、ありがとう。参考になったよ」
「いえ、こちらこそ。恭子センパイのためにも、亡霊は絶対に何とかしないといけませんからね!」
「あ……そうだね。うん。頑張ろう」
生返事で頷く明彦を気にすることもなく、意気込んであかねは居間を後にした。
苦笑いの康介に対し、明彦が彼女の話を総括する。
「とりあえず……目撃情報はなし。三島さんには塚原さん殺害時のアリバイはなく、逆に長谷川さん殺害時に庄司さんと一緒にいたというアリバイがあると考えて良い……って所だね」
「演技を録画してたあの動画は?」
「流石に30分近くズレていたらアリバイとは呼べないだろう。犯行は十分可能だ」
明彦は康介の意見を即座に否定した。
「そういや、塚原さんの時にアリバイがあるのって、他に誰かいるのかね?」
「まあ、まずボクと康介、それに倉橋さんはずっと一緒にいたからあると言っていいだろうね。あと、食堂に行った時に庄司さんと堀田さんが話しているのを見たけど、多分あの2人もずっと一緒にいたと考えてよさそうだ。他の人はまだわからない」
「うーん、じゃあ今のところ2件共アリバイが無さそうなのは、元木と進藤さんぐらいか?」
一応、大毅も恭子殺害時のアリバイは不明だが、既に死んでいるので外して良いだろう。康介の言うように、現状全くアリバイが確認できていないのは優と黎の2人だけだ。
「まあ、そう単純だと苦労はしないんだけどね……」
深々とため息を吐きながら、ソファーへと体重を預ける明彦。
その後、彼はそのままぼんやりしていたかと思うと、徐々にうつらうつらと船を漕ぎ始め、僕が瞬きをした瞬間には、夕方になっていた。
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