十三節 「二日目(iii)~調査は続く」

 恭子の部屋は殆ど昨夜の状態のまま保存されていた。


 変わった所と言えば、恭子の遺体が運ばれた事と、出しっ放しだったシャワーの水が止められている事ぐらいだ。


 明彦は部屋の中央から、部屋全体をゆっくりと眺めていた。


 そこに、遅れて康介が入口から現れる。


「倉橋さんに発見した時の様子を聞いてきたぞ」


「ありがとう。じゃあ、教えてくれ」


「ああ、まずは……」


 康介の聞いた話では、昨日の夕方、桂太とあかねが恭子の部屋にまで着いた時、扉越しに声を掛けても返事はなかったらしい。


 何度か声を掛けても一向に返事がないので、桂太が試しに扉を開けてみると、中からシャワーの音が聞こえていたそうだ。扉に鍵は掛かっていなかったとの事。


 何だシャワーを浴びていたのかと思い、あかねと共に部屋に入った桂太は、彼女に浴室を覗いてもらうよう頼んだ。その後、殆ど間もなくあかねが悲鳴を上げたので、何事かと思い浴室に入ってみると、恭子が血だらけで浴槽に浸かっていたそうだ。


 急いで恭子を浴槽から上げ、桂太は声を掛け続けたが、その時にはもう何の反応も示さなくなっていた。そうこうしている内に、皆が彼女の部屋に現れたそうである。


「……と言うのが大体の流れみたいだ」


「うん、特に不自然な所はないような気がするね。鍵も掛かっていなかったのなら、誰でも犯行は可能だったはずだよ」


「はー、じゃあこっちも手掛かりなしかあ?」


 がくりと肩を落とす康介。


「いや、まだこの部屋の物は何も調べてないよ」


「とは言ってもなあ。こんなきれいに片付けられた部屋から、何か出るのかよ」


 康介に言われて見てみると、確かにこの部屋はきれいに片付けられている。荷物は部屋の隅にきちんと並べられ、小物類は全て机の上に揃えられていた。


 見えるだけでも、犯人の痕跡などはなさそうだ。


「良い視点だね、康介。キミの頭は猫の手ほどの役にも立たないが、その目は多少使えるようだ」


「お、珍しく褒めてくれるじゃないか、明彦」


「ただし、もちろんそれだけでは不可だよ」


「かー! こりゃ手厳しい! 弥勒院先生の講義マジつらたんだわ!」


「何だい、その『つらたん』って言うのは」


「取るのがつらい単位。略してつら単」


 呆れ返ったような目線を康介に向ける明彦。康介の方は、満足気に頷いていた。



 殺人現場で、彼らは何をやっているんだろう。



「……で、話を戻すけど、確かにこの部屋はきれいに片付いてる。だからこそ、不自然な点があるんだ」


「して、それは一体何でございましょうか、先生」


「よく使う小物を、これだけ一目で分かるように置いているのに、ひとつだけない物がある」


 康介がおどけながら返す。明彦は気にしない方針にしたようだ。


「スマートフォンだよ。現代人の必需品だ。いくら電波が入らないとは言っても、時計、カメラ、メモと様々な用途がある。わざわざ鞄の中にしまい込みまではしないはずだよ」


「あー、確かに。俺もどうにか電波が入らないかと、今朝も散々試したわ」


「いや、それはちょっとボクの言いたい事とは違うけど……。あとその努力は多分徒労だから、もうやらない方が良いと思うよ……」


 明彦の発言を聞いて、僕も周囲を見渡す。確かに、スマートフォンは見える範囲にはない。


「えー、じゃあ、塚原さんのスマホはどこにあるんだ? もしかして死体のポケットに入りっ放しなんじゃ……!」


「いや、それは無いよ。ここで遺体を見た時に軽く漁ってみたけど、それらしきものは持っていなかった」


 そんな事までやっていたとは。僕は全く気付かなかったし、気にもしていなかった。


「じゃあ片っ端から探すしかないかあ……」


 康介が露骨に面倒そうにため息を吐いた。


「そんな事をしなくても大丈夫さ。ベッドの裏を調べてみなよ」


「ベッドの裏?」


 康介がベッドと壁の隙間を覗き込むと、特に探し出す素振りもなく、何かを拾い上げる。それは、恭子の物だと思われるスマートフォンだった。


「すげえな、明彦! 何で分かったんだ?」


「その答えは簡単さ。昨日遺体を調べてる時に、そのスマートフォンがベッドの端から覗いているのが、偶然見えたんだよ」


「何だそれ。じゃあ知ってたのかよ」


「まあそうなるね」


 呆れた様子で自分を見つめる康介の手から、明彦はひょいとスマートフォンを取り上げ、画面を立ち上げた。


「うーん、パスコードが掛かっているね。数字4桁か……」


「誕生日とかじゃね? 俺はそうしてるけど」


「このご時世にそんな暗証番号の人間がいる上に、それをさも当然のように教えてしまうなんて、ボクは驚きを隠せないよ……」


 ぶつぶつと呟きながらも、明彦は画面に番号を打ち込もうとする。


 しかし、即座にその手は止まった。


 当然だ。


「塚原さんの誕生日っていつだい?」


 明彦が知っている訳がない。


「えー? 俺も知らねえな。倉橋さんなら分かるぞ。10月23日だな」


「別に何の代替案にもなっていない気がするんだけど……あ、開いた」


 試しに明彦が打ってみたところ、物の見事にスマートフォンのロックは解除された。


「揃いも揃って、こんな単純な……」


「ラッキーだったじゃん。塚原さんの愛に感謝しろよ」


「ああ、はいはい……」


 既に憔悴しきった顔で、明彦はスマートフォンをいじる。


 後ろから覗き込んでみると、最後に開かれていた画面は写真と動画のライブラリだったようだ。


「最後に動画を録画してたみたいだね。撮影時刻は午後5時3分。昨日ボクらと会った直後だね……。再生してみようか」


 明彦が動画の再生ボタンを押す。


 映し出されたのは、部屋の奥で演技の練習をしていると思われる恭子の姿だった。画角的に、スマートフォンは入り口付近の机の上に置いてある事になる。


「『主よ、どうか私をお許し下さい。この身も心もきっと穢れてしまったのでしょうが、それでも私は……』」


「相変わらず訳の分からない話だね。これ誰が書いてるんだい?」


「ああ、脚本は俺の担当だよ」


「あ、そう……」


 明彦と康介が言葉を交わしながら3分ほど動画を見続けたところで、突如カメラが何かに覆われて真っ暗になってしまった。


「ん、何だ?」


「静かに」


 康介が声を漏らすが、明彦はそれを短く制する。


「『え、何……いや! やめて! あっ……!』」


 映像は映っていないが、恭子の声だけは録音されていた。しかし彼女が短く声を上げた後には、何も物音は入らない。


 その後5分ほど沈黙が続いた後、動画は終了してしまった。


「なるほど。塚原さんは、この時に襲われたんだな」


 康介が見解を述べる。しかし、明彦はやや懐疑的だった。


「シンプルに考えればそうなんだけど……ちょっと疑問が残るかな」


「そうか? 特におかしなところは無かったと思うけど」


「まず、第一にこの動画の撮影は誰が終了したんだい? スマートフォンの動画撮影は、何もしなければ充電が切れるまで続くはずだよ。だけどこの動画は適当なところで終了している。これは明らかに不自然だろう?」


 言われてみればそんな気もするが、犯人が止めただけではなかろうか。


「そんなもん、犯人が止めたんだろ。犯行の前に何か被せるぐらいだから、これで撮影してた事にぐらい気付いてただろうし」


「いや、そうすると更に疑問があるよ。なぜ犯人はこのスマートフォンを持ち去らずに、ベッドの裏なんかに隠したのか」


「あ。うーん、確かにそうだな……」


 明彦の指摘に、康介が言葉を失くす。


 僕も康介と同じような程度にしか考察できなかったので、これ以上のことは想像も付かない。


「犯人の一連の行動を考えると、よりおかしな点に気付けるはずだよ。犯人は塚原さんを襲う際、正体が分からないよう撮影中のスマートフォンに何かを被せた。その後、まんまと塚原さんを殺害した犯人は、スマートフォンの方に戻って録画を終了する。最終的に犯人はこのスマートフォンをベッドの裏に隠す事で、隠蔽した。どうだい? 僕は人間の心理的に考えられないと思うけどね」


「うーん、だけど、状況的にそうとしか言いようがないような……」


「まあ、ただ今はこの情報を手に入れただけでも僥倖ぎょうこうだよ。実際に何があったかは、そのうち分かるはずさ」


「そうだなあ……」


 もやもやとした様子の康介をさておき、明彦は恭子のスマートフォンをポケットにしまった。


「さあ、とりあえず捜査はこの辺にしよう。ボクはお腹が減ったよ。そろそろ昼食の時間じゃないかな?」


「お、確かに。いやー、頭使ったら腹減るよなー」


 彼らの会話を聞いて壁に掛かっていた時計を見てみると、時刻は11時50分頃だった。僕は全く疲れもしないし空腹にもならないから全然気にしていなかったが、確かに結構な時間が経っていた気がする。



 明彦と康介の2人は、こんな状況でも楽しそうに食堂へと向かって行った。

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