十八節 「三日目(iii)~天才は語り始める」

 優の遺体の手元には、いつか食堂で見た銀装飾の拳銃が転がっていた。


「この銃……今朝の時点で食堂にあったか覚えている人はいるかな?」


 明彦の質問には、誰も答えを返せなかった。


 全員が優と桂太がいない事に気を取られていたので、そちらの方には全く意識が向いていなかったのだろう。残念ながら、僕も覚えていない。


「調べるまでもないけど、優君は至近距離からこめかみを撃ち抜かれて亡くなっているね。まだ生きているみたいに温かいから、死んだのもついさっきで間違いないよ」


 黎が優の死亡状況を淡々と説明する。しかし説明されるまでもない彼の話を、まともに聞いている者などいなかった。


「それにしても、一体誰が元木を殺したんだ? こいつはここで監禁されて、1つしかない居間の入り口はずっと俺たちが見ていたんだぞ?」


「そんなの……自殺に決まってるじゃない」


 康介の疑問は、佐織の一言で鎮圧される。


「自殺?」


 しかし、康介にはまだ状況が理解できていないようだった。


「完全な密室、殺人犯と疑われている人間、手元には銃。『追い詰められた犯人が自殺を選んだ』以外、考えられない状況じゃない」


「優センパイ……。やっぱり、センパイが犯人だったんですね……」


 佐織の言葉をきっかけに、あかねはその場にへたり込んでしまった。信じたくない現実を前に、彼女の瞳は潤んでいた。


「でも、これで事件は解決ね。あまり望ましい形とは言えなかったけど……」


 場を占める佐織の発言に、一同は黙り込む。


 そして彼女の言葉をきっかけに、面々はそのままゆっくりと地下室から出ようと踵を返した。


 ――これがこの事件の顛末か……。


 何となく、僕の中には、もの寂しい気持ちが込み上げていた。



 しかし、その時だった。



「いや、待つんだ。全員このワインセラーから出ないでくれ」



 明彦が、静止の声を放つ。


 彼の言葉を機に、全員はぴたりと止まり、また明彦の方へと向き直った。


「まだ何かあるの? 予想が外れたのが悔しいのは分かるけど、事件はもう終わったのよ?」


 沙織が苛立った表情で明彦を責め立てる。


「……確かに、事件は終わったのかもしれない。だけど元木君は自殺なんかしてないし、一連の事件の犯人でもないよ」


「おい、明彦。それはどういう事だよ。俺にはちっとも理解できないぞ」


 困り顔で明彦へと詰め寄る康介。彼が理解出来ていないのは、もう少し前からかもしれない。


「言ったままの意味さ。犯人は元木君じゃない。別に存在しているんだ」


「この状況でまだそんな事を言っているの? じゃあ犯人は誰なのよ!」


 佐織は怒気を露わにして、明彦に問う。


「うん……そうだね。じゃあそれに関しては、順を追って話をしようかな」



  ***



「まずは最初の事件、塚原さんが殺された状況についてだね」


 明彦が言葉を紡ぐ。ワインセラーでは、その場にいる全員が、彼の言葉に聞き入っていた。


「状況も何も、あのスマホの動画で起きていた事が全てじゃないのか?」


 康介が口を挟む。


「いや、それは違うんだ。そもそもあのスマホに関しては不自然な点が多過ぎた。以前、康介には話したけど、あの動画の撮影を止めたのは誰なんだろうか」


「そんなの……犯人じゃないんですか?」


 あかねが、当然の事だと言わんばかりに口を挟む。


「そうだとすると、犯人は自分にとって都合の悪い動画が残ったスマートフォンを、わざわざ現場に残していった事になってしまうんだ。どう考えても、捨ててしまった方が確実だと思わないかい?」


「それは確かにそうだね……」


 黎は思案気に呟く。


「このいかにも不自然な状況。ボクには、犯人がこのスマートフォンを誰かに見つけて欲しかったんじゃないかとしか思えなかった。ベッドの端から覗かせたりしていたのも、きっとそのためだ」


「でも一体、何のためにそんな事を?」


 堀田は頭をがしがしと掻きながら、精一杯、明彦の説明を理解しようとしているようだった。


「アリバイ工作さ」


「アイバイ……工作?」


 康介は全く理解出来ていなさそうな表情を浮かべながら、明彦の言葉をオウム返しにする。


「実際の犯行は、あの動画が撮影された時刻には起きていなかったんだ。加えて、動画撮影時には、自分のアリバイを完全に確保しておく。そうする事で、自分への疑いの目を少しでも逸らそうという考えだね」


「犯行時刻が……違った? だとすると、恭子さんはいつ殺されたって言うの?」


 佐織が明彦を詰問する。信じられない、と言わんばかりの鋭い視線だ。


「おそらく、あの動画が撮影されたのより、もう少し後。夕食の少し前ぐらいだろうね」


「じゃあ、あの動画は何なのよ。あの時間に襲われていないって言うなら、何のためにあんな動画を、それも恭子さんが撮影する必要があるの?」


「あれはおそらく、塚原さんの狂言だったんだよ。襲われた振りをして、夕食の席で皆を驚かそうと犯人にそそのかされたんだ。彼女は軽い気持ちで演技をしていたんだろうけど、犯人は初めからそれを利用する気だったのさ」


 全員が、言葉を失う。


 なるほど、狂言による演技か。確かにそれなら、動画撮影時に犯人がその場にいなくても構わない。そうすると、実際には殆ど誰にも犯行時刻のアリバイはない可能性さえある。


「これで、とりあえず塚原さん殺しのアリバイは誰も成立していない事になるね。続けて、長谷川さんの事件については、庄司さんと三島さんを除く全員が可能だったから、ここでもアリバイのある者は殆どいない」


「おいおい、明彦! それじゃあ結局、誰が犯人なんだよ!」


 康介が、やきもきして声を上げる。明彦はそんな彼を横目に、話を続けた。


「そこで問題になるのは、今朝の倉橋さんの事件だ。こちらはこれまでと逆に、元木君を除く全員のアリバイがお互いに証明されている。倉橋さんの殺害自体は誰にでも可能だったとしても、広場で火を付ける事は誰にも出来なかった」


「じゃあやっぱり、優センパイが犯人なんじゃ……」


「いや、これはそう単純な事じゃないんだ。おそらく、元木君は真犯人によって意図的に犯人に仕立て上げられた、生贄の羊スケープゴートに過ぎない」


 優が、犯人の身代わりになった……?


「犯人は、夜の内に何らかの方法で元木君を部屋の外に誘い出したんだ。そこを真犯人に襲われて、薬品か何かで朝まで昏睡させられたと考えるのが妥当な所かな。彼が監禁される段になってもその事を口にしなかったのは、その件に関して、何かしら後ろめたい事があったからだろうね」


「そうは言っても、結局桂太を火に掛ける事が出来た人は優君以外にいないんじゃ……」


 黎が、明彦の意見に異を唱える。


「そうさ、それこそが重要な事なんだよ、進藤さん。そして、そのトリックを成立させるために、犯人はこれまでずっとわざわざ手の掛かる『吸血鬼伝説になぞらえた見立て殺人』なんかを行っていたんだ――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る