十一節 「二日目(i)~夜が明けて」
翌朝、サークルの面々は朝食のため、再び食堂に集まっていた。
夜通し轟音と共に吹き荒れていたた嵐は、朝になってなお一層の勢いを増していた。食堂の窓は、強風と豪雨でガタガタと揺れている。
昨夜、恭子の遺体を棺に納めた後は、一応皆で残っていた夕食を取った。しかし、殆どの者が食欲などあるわけもなく、大半は残していたようである。
それ以降は、皆黙ったまま、それぞれ一様に部屋へと帰って行った。
明彦も疲れていたのか、部屋に入るとそのままベッドへ倒れこみ、あっという間に眠ってしまっていた。
そして彼の寝息が聞こえ始めたかと思った時には、僕の意識は、今朝の明彦が目覚める瞬間にまで飛んだ。この状態で明彦が眠ってしまうと僕に出来ることは一切ないと判断されるのか、継続して意識を保つことは出来ないらしい。
ちなみに、明彦はベッドの上で寝静まったはずだが、どういう訳か朝には窓際の床の上で目を覚ました。おそらく寝相が悪いのだろうが、ここまで悪いと、どうしてそうなったのか見てみたかった気もする。
――そして、今朝に至る。
「お、明彦。おはよう」
「あぁ、おはよう……」
康介の挨拶にも、ぼんやりとした表情で返す明彦。
どうやら明彦は朝に弱いタイプのようだ。まあ、あの寝相では寝た気がしないのも納得できるが。
「今日は、みんな揃ってるのかい?」
明彦は目を擦りながら、康介に尋ねる。
「いや、昨日と同じだ。長谷川さんと進藤さんが、まだ来てない」
「ふーん。まあどっちも時間にはルーズそうだしね……。ふぁあ……。」
背伸びをしながら大きく欠伸をする明彦。
康介の言葉を聞いて食堂を見渡してみると、確かに大毅と黎の姿がまだない。堀田の姿も見えないが、厨房から物音がしているので、今はあちらで作業を行っているのだろう。
朝食の時間は、8時からだったはずだ。現在、8時を少し過ぎた頃。明彦も間に合っていた訳ではないが、まあ許容範囲内ではあるだろう。
それから2、3分程待っていた所で、見覚えのある眠そうな顔をした白衣が現れた。最早あれは黎のユニフォームか何かなのだろうか。
「おはよう、みんな」
雑な挨拶をしながら、黎は入口から一番近い席に座る。彼は、座ったまま一時ぼんやりとしていたが、段々とまた船を漕ぎ始めていた。
「さて、後は大毅だけか……」
入り口付近に立っていた桂太が呟く。特に誰が言及した訳でもないのに、おそらく皆の頭の中には昨夜の事件が思い返されていた。
「あの……僕、呼んできます」
既に朝食の席に着いていた優が、おずおずと立ち上がる。
「ああ、ありがとう。だけどあんなことがあった後だし、俺も付いて行くよ」
「あ、はい……。じゃあ、お願いします」
優と桂太が連れ添って食堂を出ようとした所、まだ窓際でぼんやりと立っていた明彦が、2人に声を掛けた。
「ボクも行くよ」
「お、マジか明彦。珍しいな。じゃあ俺も」
康介は明彦の言葉を聞くや否や、即座に同調する。明彦の事が心配なのか、何も考えていないのかは不明だ。しかし何となく後者のような気はする。
「人数は多いに越したことは無い。ありがとう、弥勒院君、康介。じゃあ大毅を呼びに行こうか」
桂太が先頭に立ち、明彦たち4人は大毅の部屋へと向かって行った。
***
「大毅。メシだぞ」
桂太が大毅の部屋の扉をノックして、声を掛ける。
大毅の部屋は食堂から地続きの1階にある。左隣は1つ離れて優の部屋で、右隣は更に3部屋あるが誰も泊まっていない。
「反応がないな……」
大毅の部屋から応答は無い。今度は少し強めに扉を叩き、声を張る桂太。
「おい、大毅! 起きろ! 朝飯だぞ!」
桂太はガチャガチャとドアノブを捻るが、扉が開く気配はない。鍵はしっかり閉まっているようだ。
「うーん、流石に嫌な予感がするね。康介、堀田さんを呼んできて」
「オッケー!」
快活に走り出す康介。この状況であの底抜けの明るさを維持できるのは康介ならではだろう。
「まあ鍵穴が無いから、堀田さんが来たところでマスターキーの類も無いだろうね。内鍵だけか……」
「どうする? 扉を破るか?」
「最終的にはそうなるだろうけど……」
桂太の声を背中で受けながら、扉にぴたりと耳を寄せる明彦。一連の流れを、優はただオドオドとしながら見守っているだけだった。
「……雨の音が聞こえるね。あとこれは何か大きな布がバタバタ……カーテンかな?」
「そりゃ、雨の音ぐらいは聞こえるんじゃないか?」
「いや、それにしては音が大きすぎるかな。もしかしたら窓が開いているのかもしれないね」
「窓が? こんな天気なのにどうして……」
「さあ、それは僕にも分からないな。だけど、明らかに異常な事態が起きていると言うのは間違いなさそうだね。事は急を要しそうだ」
明彦が扉から離れる。
ちなみに、僕は一生懸命扉をすり抜けて中を覗けないかと試していたが、一向に出来る気配はない。今明彦がいるこの廊下は、広義の閉じられた空間と認識されているのかもしれない。
「おーい、明彦! 堀田さん連れて来たぞ! ついでに進藤さんも!」
そうこうしている内に、康介が堀田と黎を連れて戻って来た。緊張感のある面持ちの堀田に対し、黎はまだぼんやりとしていた。
「よし、ありがとう。それじゃあ、この扉を壊してくれ」
「あ、そのために呼んだんだ……」
康介が虚を突かれたように呟いた。
僕もそれで気付いたが、先程までここに残っていたメンバーは明彦と桂太、それに優だ。ここに康介がいたとしても、はっきり言ってパワー面に難点が残る。明彦はそれが分かった上で、戦力になりそうな堀田を呼んだようだ。
「じゃあ、いくぞ! 1、2、3!」
桂太の声に合わせて、彼と康介、堀田が肩口から扉へと体当たりする。しかし、扉は少し揺れただけで、まだ破れていない。
「もう1回!」
そんな様子で何度か体当たりを続けると、轟音と共に扉が開け放たれた。3人はそのままの勢いで、大毅の部屋へと雪崩れ込む。
明彦はその後ろから悠々と大毅の部屋へ入って行った。その後ろを、優と黎が続く。
「これは……」
部屋の光景を目の当たりにした桂太が呟く。大毅の部屋は正面の窓ガラスが叩き割られており、床は水浸しになっていた。窓際のカーテンは、外から入る強風でバタバタと暴れ回っている。
――部屋の中に、大毅の姿は無かった。
「うん、大体予想通りだったね」
「だ、大毅さんは……どこに行ったんでしょうか……!」
部屋を見て納得している様子の明彦に対し、優はせき込むように言葉を投げる。
「とりあえず、洋館の中を探してみるしかないな……! みんな、手分けして大毅を探そう!」
桂太の声をきっかけに、集まっていた面々は、それぞれ洋館内へと走って行った。
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