七節 「一日目(vii)~洋館にて」

 その後、書斎や応接間などを一通り見たところで、明彦達は客室付近に辿り着いた。


 偶然だが、廊下には先ほどヒロインと思しきワンピースの女性を演じていた恭子が立っている。


 恭子は、今はもう島に来た時と同じ私服に着替えていた。美しい黒髪によく似合う、落ち着いた印象の清楚な服装だ。


 この服装は何系と言えばいいんだろう。僕はファッションに疎いからよく分からない。


 肩口までのゆったりとした白いシャツと、綺麗に脚のラインを魅せるジーンズ。何にしてもシンプルなのに妙にシャレて見えるのは、やはり恭子が容姿端麗ゆえだろう。


「あら、桂太。それに康介と……明彦君、だっけ?」


「お、塚原さんだ。何してるんですか」


「うーん、何って事もないけど。ちょっと散歩かな」


「え、じゃあ暇なら俺たちと探検行きましょうよ! 晩飯までは、まだ時間あるし!」


 ぐいぐいと恭子に詰め寄る康介。こいつは、誰彼構わず誘い過ぎである。


「えっと……いや、私は遠慮しとこうかな……」


 しかし、目を輝かせて接近してくる康介に、苦笑いで一歩引く恭子。


 その彼女の反応に、康介は露骨に残念そうな顔で肩を落としていた。


「でも何? 桂太もそういうの、興味あるの?」


「あー……まあそうかもな。結局、男はいくつになっても少年だって事だな」


「ふーん……」


 恭子は、物言いたげにじっとりとした視線を桂太に向ける。


「何だよ」


「いや、別に何もー」


 ぷいっと顔をわざとらしく逸らす恭子は、どうやら桂太をからかっているようだった。


「……どうやら2人は随分と親しいみたいだけど、どういう関係なんだい?」


 そこに、空気を読まず明彦がずけずけと質問を投げ付けた。まったく……そういう所だぞ、明彦。


「何だ。明彦、知らねえのか? この2人は結構前からデキてるんだよ」


「は? いや、知ってるわけないだろ。今日初めて会ったんだから。キミの常識で物事を測らないでくれ」


 明彦は、康介から放たれた「知らない」というワードが気に障ったようだ。明彦はどうやら、自分の知識に大いなる自信を持っているらしい。まったく……そういう所もだぞ、明彦。


 しかし、康介はそんな明彦の様子も一切気にせず、言葉を続けた。


「そっかそっか。そりゃ知らねえか。そうだな、あれはいつだったっけなあ……。そうだ、確か去年の学祭ぐらいの……」


「ちょっと康介!」


 2人の馴れ初めを語ろうとする康介を、恭子が顔を赤らめて遮った。どうやらそんな事を今日会ったばかりの明彦に聞かれるのは、流石に恥ずかしいようだ。


 明彦の隣に立つ桂太も、顔を見せまいと俯いてしまっていた。


「おっと、すんません。思い出話の要領で、つい」


「もー、勘弁してよね……」


 恭子は困ったような笑顔で、康介に返す。


 撮影中は生真面目な優等生タイプかと思っていたが、恭子は存外愛嬌のある可愛らしい子だ。桂太も、なかなかの優良物件を捕まえたのではなかろうか。


「……まあ、別に2人のあれこれとかには全く興味もないしね」


 しかし、和みかけた場を、明彦の余計な一言が凍り付かせた。


 先ほどまで笑い合っていた3人は完全に言葉を失い、複雑そうな表情で明彦の方を眺めている。


「あー……じゃあ、そろそろ次行くか」


「そうだね」


 桂太の一言で、恭子を除く3人は客室前の廊下を無言のまま過ぎて行った。



  ***



 恭子と別れ、最後は食堂に辿り着いた。


「さすがに飯はまだだなー」


 康介が呟く。


 食堂に飾られている柱時計は、古めかしい割にまだ立派に動いているようで、針は午後5時半に差し掛かる頃を指し示している。夕食までは、まだ1時間ほどあるだろうか。


 奥行きのあるだだっ広い空間には、中央に白いクロスを掛けられた高級そうな長テーブルが置かれている。天井にはシャンデリア風の電灯がぶら下がっていた。


 そんな中、明彦は、テーブルの一番上座側の壁に飾られている拳銃を眺めていた。銀色に光るその銃は、鑑賞にも耐えうる程の美しい装飾が施されている。


「ほー、これが吸血鬼伝説に出てきた銃か。確か最後に、館の主と島の青年がこの銃で心中したんだよな」


 それに気付いた桂太が、明彦の隣に歩み寄り、声を漏らした。


 伝承としては確かにそうだが、しかしよくもまあ、僕が一度しかしていない話をこんなにしっかり覚えている物だ。やはり大学を出ているだけあって、記憶力は良いのだろう。


「みたいだね。しかもこれ、レプリカじゃなくて実銃だよ。この一緒に飾られてる弾を装填すれば、ちゃんと撃てそうだ」


「おぉ! マジか! じゃあ撃ってみようぜ!」


 明彦の言葉を聞いて、康介が衝動的に壁の銃に手を掛けようとしたが、桂太はすかさずその腕を掴み取った。


「おいおい! 流石にまずいだろ! 旅行会社もあんまり館を荒らすなって言ってたし、見るだけにしとけ!」


「えー、まあそういうことなら仕方ないですね……」


 渋々、康介は手を引き、残念そうに肩を落とす。


 いや、それにしても危なかった。物騒にも発砲事件が起きる所だった。ナイスだ、桂太。


 ――既に、殺人事件は起きてるけど。



 騒いでいたため気付かなかったが、食堂の奥には一枚、開け放たれた状態の扉があり、その先の部屋から話し声が聞こえていた。部屋の入り口から見える景色で、おそらく厨房だと分かる。


「あっちはキッチンかな。誰かいるみたいだね」


 明彦が遠目に厨房を覗く。僕も彼に倣って目を凝らしてみると、食材を前に佐織と中年程度の男性が会話をしていた。


 佐織と話しているあの男は、昨日僕が連れて来た、おそらく雇われの管理人である。名前は確か、堀田ほった洋一よういちとか言ったはずだ。


 くたびれた青いポロシャツにもじゃもじゃと散らかった髪の毛。あのシルエットは間違えようもない。近くで見ると分かるが、口元にはびっしりと無精髭が生えていたはずだ。いや、流石に客前に出るならもう剃ったかな?


「お、庄司さんと話してるおじさんは誰ですか?」


「あー、康介たちはすぐに撮影に入ったから会ってないのか。あの人は今回島にいる間、俺たちの世話をしてくれる堀田さんだよ。佐織と何か打合せしてるみたいだな」


「へー。何かインパクトある人ですね」


 康介が堀田をまじまじと見つめる。


 しかし対する明彦は、彼が何者かと言う疑問が解決したら、そんな事にはすぐ興味を失ったようで、そのままさっさと食堂の入口へと踵を返していた。


「さて、食事の時間も近いみたいだし、一旦部屋に戻っていいかな。雨で服が汚れたままだったから、気持ち悪いんだ」


「お、もうそんな時間か。そうだな……じゃあ、康介。楽しかった探検はここで終わりだ」


「あー、そうですね。まあ大体見終わったし、こんなもんですかね……」


 3人の意見が揃った所で、彼らは食堂を出てそれぞれの部屋へと戻って行った。



 ――そしてその後、僕は明彦の部屋で、彼がシャワーを浴びているのを眺め続けると言う、謎の苦行を強いられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る