六節 「一日目(vi)~嵐の昼下がり」
「はぁ……本当に良い事がない……」
明彦がげんなりとした表情で、洋館へと撮影機材を運んでいる。とは言え、非力な彼が運べる物は限られているようで、自分が使っていたレフ板や、衣装で使う装飾品類程度を持つのがせいぜいだった。
現在、周囲は強風と、豪雨に襲われている。
佐織も初めは、雨がぽつぽつと降っている程度では撮影を続けていた。しかしその後、俄かに天候が悪くなったため、流石に日中の撮影は中断する事にした形である。
今は全員で、機材や道具を洋館に運び込んでいる所だ。
勿論、僕は雨に打たれることもないし、風に煽られることもない。こう言った部分に関して、この身体は便利だ。
撤収作業が終了した所で、全員が洋館のエントランスに集合した。
「それじゃあ、夜の撮影は夕食後にやります。嵐が来たのは寧ろ雰囲気が出て好都合だと考えましょう! 今は3時過ぎぐらいか……。夕食まではとりあえず自由時間って事で。6時半からだから、その頃に食堂に集まってね。じゃあ、解散!」
佐織が全員に指示を出す。これからは自由時間らしい。彼女の声をきっかけに、部員たちはそれぞれ適当に散開した。
桂太が取り仕切っている物だと思っていたが、実際には佐織が責任者であるようだ。よくよく考えれば桂太はOBなので当然である。と言う事は、佐織が部長か何かなのだろう。
部員がそれぞれに解散した後、明彦はエントランスの展示品を眺めていた。
エントランス自体には、最も目を引くものとして、中央に洋風の棺がいくつか置かれている。壁にいくつか立て掛けられている物まで含めて、これは吸血鬼伝説の雰囲気付けだろう。
そして壁には棺の他にも、当時の島についての説明や、吸血鬼伝説に関する文書、見ても何が描かれているのかさっぱり分からない水墨画などが飾られていた。
明彦はその中でも、吸血鬼伝説の説明が気になったようで、じっくりと読み込んでいた。内容は、概ね僕が船でした話と同じものだ。何か疑問でもあったのだろうか?
そんな明彦の下へ、遠目でその様子を見つけたらしい康介が歩み寄ってくる。
「明彦、何してんだ?」
「康介か……。キミと違ってボクは日頃から頭を回転させる事を生業としているんだ。こういった資料も、今後何かの役に立つかもしれないからね。参考のために見ているのさ」
「はー。なんだ、ネタ集めか」
「まあ……そういう言い方も出来るね……」
昼間から明彦は、どことなく高圧的に康介に接してはいるものの、全て上手くやり込められているようだ。彼は少し癖のある人物だが、康介は特に気にもしていない様子である。2人はそれなりに気の知れた仲なのだろう。
「で、何か発見はあったのか?」
「いや、今のところは。吸血鬼伝説の話が書いてあるけど、大体船でキャプテンに聞いた話と同じだね」
「ずっと思ってたけど、その『キャプテン』って呼び方は何なんだ?」
身も蓋もない康介の質問を、明彦は完全に無視した。
「まあいいや。それよりさ、明彦。折角だからこの洋館の中、探検してみようぜ! こんな所に来れる機会、なかなか無いだろ!」
「なんでボクが……」
言いかけて、明彦は途中で言葉を止めた。
「……いや、うん。そうだね。まあ、たまには未就学児童並のキミの提案に乗ってあげるのも、悪くはないか」
初めは断ろうとした明彦だったが、すぐに意見を翻した。
やはり、彼もこの洋館の内装には気になる所があるのだろうか。参考のために資料を見ていると言っていたが、その辺りが要因かもしれない。
「お、珍しく素直だな、明彦。それじゃあ、行くぞー!」
「はいはい。まったく、はしゃぎすぎだよ。真夏の
明彦の肩に腕を回し、力強く歩き出す康介。
しかし彼らがエントランスを出るより早く、背後から声が掛かった。
「何だか面白そうな事をやってるな、康介」
振り返ると、そこには桂太が立っている。
「お、倉橋さん! 今から俺たち、この洋館を探検しようと思うんですけど、一緒にどうですか!」
「ほー、なるほどね……。いいね、面白いじゃないか。じゃあ俺も同行しようかな。たまには童心に帰るのも悪くない」
康介は既に、あれよあれよと桂太も同行する方針で話を進めてしまっていた。
「弥勒院君だっけ? いいかな、俺も一緒で」
「構わないよ。特に断る理由もないしね」
「よーし、それじゃ、出発だ!」
桂太は目上の人間に対しても口調を変えない明彦に、若干の戸惑いはあったようだが、気にしない事にしたようだ。
そして明彦たち3人と僕は、洋館の中へと当てもなく歩を進めた。
***
エントランスから一番近い扉を開けると、そこには小さな礼拝堂のような空間が広がっていた。
部屋の前方の壁には大きな十字架が下げられており、周囲にはステンドグラスが嵌め込まれた厳かな部屋だ。
加えて、十字架の下には説教台が設置されており、その傍らには使えるのか分からないオルガンが置かれている。部屋の中央部には、説教台と向かい合わせるようにベンチがいくつか並んでいた。
そしてそのベンチには、既に先客がいた。
神父かと思いきや、彼は後ろ姿でも一目で分かる白衣を身に纏っていた。
「ん、黎か?」
「お、君たちも来たのかい?」
桂太が声を掛けると、案の定その人物は黎だった。
「進藤さんも探検ですか!」
それが黎だと分かると、康介はおよそこの空間に似つかわしくない、ばかに大きな声量で話し掛ける。
「ふふふ、そんな所かな。たまたま見つけた扉に入ってみたら素敵な場所だったから、少し休んでいたんだ。こういう場所は、何だか心が洗われるような気分になるよね」
「あはは、黎らしいな」
桂太が黎の言葉に笑う。僕にはやはりただの変人にしか見えないが、おそらく桂太にとってはサークル内の大事な友人なのだろう。
……そう言えば、何故OBの桂太の友人がまだ大学にいるんだ? 黎もOBだと言う事だろうか……。
色々考えようとはしてみたが、僕の半端な知識では分からなかった。
「はー、やっぱ進藤さんはワケわかんねえや。明彦みたいだな」
「……心外だね」
黎と同じにされた事が、やや不服そうな明彦。だが残念ながら僕も康介と同意見である。
「じゃあ、邪魔しても悪いし、俺たちも次に行こうか」
「あー、そっすね」
桂太の提案に、康介が賛同する。長居するにはこの静寂な空気と、黎の醸し出す空気は圧力が強すぎた。
「おや、もう行っちゃうのかい?」
「ああ。また夕食のときにな、黎」
「じゃあねー、進藤さん」
礼拝堂を後にする康介たちに、笑顔で手を振り、黎は見送る。
やはり、物腰が柔らかい割には何だか不気味な人物だ。
明彦も彼とは距離を置きたいのか、
***
その後、居間らしき空間があったので適当に調度品なんかを眺めていると、明彦が地下に降りる階段を見つけた。
階段の前には木製の扉があったが、特に施錠などはされていなかったので、簡単に開いた。薄暗い地下への道は、壁に設置されたランプ風の電灯で、点々と光源を確保している。
「おお! でかしたぞ、明彦!」
明彦の発見に、康介は喜び勇んで駆け出す。
その後を、明彦と桂太、そして僕がゆっくりと降りて行った。
着いた先で電灯のスイッチを入れると、そこはワインセラーらしき場所だった。周囲にはワイン樽やボトルが、所狭しと並んでいる。
「はー、こんな物もあるのか。はは、これならワインは飲み放題だな」
桂太が感嘆の声を漏らす。しかしそれを、明彦は即座に否定した。
「いや、よく見てごらん。これ、全部ハリボテだよ」
明彦が1つの樽を、こんこんと指で叩く。その反響音からして、確かに中身は空のようだった。
「……なんだ、これも見世物のひとつってことか」
「みたいだね。ボトルも全部空だ。……ラベルだけは、妙に立派な物ばかりだけど」
ボトルを1本手に取り、まじまじと観察する明彦。僕はワインの事は分からないが、彼の話を信じるなら、おそらく中身があればどれも一級品なのだろう。
「へー、弥勒院君はワインに詳しいのか?」
「当然さ。と言うか僕が詳しくない事はないよ。天才だし」
「へ、へえ……。そいつはすごいな……」
変人明彦に振り回される桂太。明彦とまともに会話が出来るようになるためには、康介ほどの熟練された腕が必要である。
そんな時、はしゃぎながら走り回っていた康介が、突如無表情で明彦たちの下へと戻って来た。
「……飽きたな」
康介は、そのまま誰に目線を向けるでもなく、どこか宙を見据えながらぼんやりと佇んでいる。
――ちょっと怖い。情緒不安定なのだろうか。
流石の明彦も、不可解な物を見る目で康介の顔を見つめながら、言葉を失っていた。
「あ、ああ……じゃあ、そろそろ次に行くか」
「そうですね」
桂太が促すと、康介はさっさとワインセラーを後にした。戸惑いながらも桂太と明彦は彼に続く。
しかし彼らが電灯を点けたまま出ようとするので、何となく気になった僕は頑張って消そうとしてみた。しかしそれはやはり不可能らしく、指はスイッチをすり抜け続ける。
その後も
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