五節 「一日目(v)~映画撮影」
「話が違うじゃないか……。これならボクじゃなくても出来るだろ……」
レフ板を持たされたまま、ぶつくさと明彦は恨み言を垂れる。元凶と思われる康介は、撮影監督である佐織と、数台のカメラとの間を、忙しなく動き回っていた。
僕はと言うと、そんな大学生たちの撮影風景を、明彦の傍らでぼんやりと眺めている。
――なるほど。こうなるのか。
間違いなく、先ほど僕は死んだ。物語の途中で自分が死ぬというのは、流石に初めての出来事だ。
結果としては、半透明な肉体らしきものを手に入れ、主人公である明彦の傍を離れられない状態になった。
加えて、僕の存在を周囲の人々が認識することは出来ないらしく、視界に入っても何の反応もないし、声を掛けても聞こえていない様子である。
半透明の肉体は、ある程度物体に触れることが出来る。しかし力を入れて動かそうとすると、するりと手が通り抜けてしまった。明彦の肩に軽く手を置いてみたが、あちらに触れられている感触は無いようだ。僕に触れられても、彼は微動だにせず、鬱屈した表情で呪詛を吐き続けていた。
行動範囲は明彦の付近に限定される。大体の目測で明彦を中心に半径5m程度が、僕の行動可能な領域のようだ。それ以上は、離れようとしても足が自然に止まってしまう。
これは、あくまで僕が主人公を起点とした物語の傍観者であると言う事だろう。物語の主軸を眺め続ける事は出来ても、僕が勝手に先回りして犯人捜しをしたりは出来ないようだ。結局、いつも通り流れに身を任せて顛末を見届けるしか無いようだ。
総括して現状を簡単に表現すると、僕は明彦の背後霊のような物になった。
いつもより主人公の近くにいるのは楽になったが、こうなってしまっては手動操作も自動操縦も無い。本当に、ただの傍観者になってしまった。
ただ、なってしまったものは仕方がない。序盤で不用意な事をしてしまったのが失敗だったと言う他ないだろう。
おそらく犯人は島からの脱出口となる僕の存在が邪魔だったのだろう。これからこの孤島で、何か不穏な事件が起きるのは、ほぼ間違いない。
とは言っても、僕がそれを明彦たちに伝えることも出来ない。今はただ、この学生たちの撮影風景を漠然と眺めるばかりだった。
「……はい、オッケーでーす! 次はあっちのベンチで撮りまーす!」
佐織の声が広場に響いた。部員たちは彼女の声をきっかけに、ぞろぞろと広場の端にあるベンチの方へと向かって行く。
僕が死んだ時には、噴水をバックに撮影していた気がするが、今は広場入り口付近の繁みをバックに撮影していた。詳しい時刻は分からないが、少なくとも僕は死んで少し経ってからこの状態になったようだ。
先程船に乗せた面々も、今は全員揃っている。僕が死ぬ直前に見た光景では、全員は揃っていなかったはずだ。しかし、流石に誰がいて誰がいなかったかまでは覚えていない。やはり僕には犯人を推測する事は出来ないらしい。
明彦が、ため息を吐きながら歩き出す。
明彦と僕の距離がある程度離れると、足が勝手に彼を追従し始めた。背後から見えない壁にでも押されている気分だ。
明彦はそのままカメラの準備をしている康介の下へと向かう。
「康介。何だい、これは。ボクは構成の協力をするんじゃなかったのかい?」
「あー悪い悪い、明彦。そういうのもあるかもしれないけど、ちょっと全体的に人が足りてないんだ。今はそれ持っててくれよ。
「それはさっきも聞いたよ……。「後」っていつの話をしてるんだい……?」
「来月とか」
「
明彦が、がっくりと肩を落とす。レフ板をその場に捨て置き、彼は洋館へと歩き出した。
「あ? どこ行くんだよ明彦!」
康介が呼び掛ける。
「帰るんだよ。船を降りた時の様子だと、まだあのキャプテンが島にいるはずだ。夕方には帰るそうだから乗せてもらう」
残念だが僕はもういない。死んだから。船はあるかもしれないが。
それにしても、船に乗る時からそうだったが、明彦は異様にこの企画に消極的である。
ここまでの流れからして、そもそも彼は部員ではなさそうだ。口振りから察するに、康介に無理やり連れて来られた補充要員辺りだろう。おそらく何か耳触りの良い言葉で騙されたに違いない。
「おいおい、そう言うなって明彦! 分かった分かった。このシーンが落ち着いたら庄司さんに聞いてみるから! な、もうちょっとだけ! 頼むよ天才!」
「いいや、もう騙されない……」
「ちょっと、康介! 明彦君! 何やってんの! さっさと準備して!」
明彦と康介が揉めていると、佐織が遠くから一喝した。2人はびくりと肩を震わせる。その後、そーっと顔を見合わせる2人。
康介には散々ゴネていた明彦だったが、今度は先程適当な場所に置いたレフ板を黙って持ち直す。明彦は気の強い女性に弱いのだろうか。
康介の方も、佐織に軽く頭を下げながら既にカメラの下へと走っていた。
「康介……帰ったら覚えている事だ……」
明彦は康介の方を睨みながら、また恨み言を零していた。
視線をベンチ周辺に向けると、そこではエスニック風の衣装を身に着けたあかねと、質素な白いワンピース姿の恭子が何やら相談をしているのが見える。
ここまでの撮影は、恭子とあかねの2人が演じるシーンばかりを撮影している。船の中で聞いた話では、吸血鬼物の映画らしいが、今は昼間だから肝心の吸血鬼が出るシーンは撮影出来ないのだろう。
吸血鬼と言えば夜だ。日が落ちてから洋館を利用して、吸血鬼のシーンを撮影をするというのが素直な考え方ではある。
吸血鬼役は、おそらく大毅だろう。シーンに出てこそいないものの、彼は既に吸血鬼らしき衣装を纏っている。何故既に着替えているのかは不明だが、彼が主役だと考える要素としては十分だ。
周囲を見てみると、優は照明器具や小道具などの準備で常に奔走している。色白で体力がなさそうな彼だが、息を切らしながら必死で作業を行っているようだ。対照的に、大毅の方は簡易的に
OBだと言っていた桂太と変態白衣の黎は、他の部員たちから少し離れた所で、台本を手に何やら言葉を交わしている。作品の出来を語っているのか、この後の段取りを相談しているのか、その会話の内容までは距離があって聞き取れない。
「じゃあ次のシーン行きまーす! 恭子さんはベンチに座って塞ぎ込んでる感じで。あかねはカメラ回ったら走り寄って来てねー! 行きまーす、3、2、1……」
そうこうしている内に次のシーンの撮影が始まった。
「『こんな所で何をしてるの……! こんな所に座り込んでいたって、貴女は何も変われないわ!』」
「『ええ……そうなのかもしれません。だけど、今の私には何も選ぶ事が出来ないのです……』」
演技を始めると、あかねと恭子の雰囲気はがらりと変わった。趣味のサークルとは言え、熱の注ぎ方は大したものである。きっとこれまでにも、随分と練習を重ねて来たのだろう。彼女たちの一生懸命さが伝わってくるようだ。
しかし、レフ板の後ろで顔が見えないのを良い事に、明彦はつまらなそうに大きな欠伸をしていた。
まあ、明彦の気持ちも分からなくはない。確かに、彼女たちの演技は立派だが、話の流れはいまいちピンと来ない物だ。こればかりは脚本が悪いとしか言いようがない。
だが、僕はこういった何かに情熱を傾ける若者の姿を見るのが、結構好きだった。
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