二節 「一日目(ii)~出航」

 増田さんが去って10分ほどすると、ぞろぞろと若者が漁港に集まって来た。結構な人数がいるような気がするが、まあぎりぎり乗れるだろう。


 ちなみに今回は言うまでもなく現代が舞台だ。特に世界背景のようなものもない。ジャンルが何かは不明だが、思い当たる節はある。


 そもそも今回の送迎は、匿名の人物が自宅に投函していた一通の便箋によって始まっている。匿名とは言っても、あまり聞かない旅行会社名義だったので、個人を特定出来ないという程度の意味だ。


 今回の仕事の内容と報酬について端的に書いてあっただけで、いかにも怪しかったが、報酬の額が額だったので僕は引き受けることにしてしまった。それ以降は手紙でのやり取りが続き、現在に至る。


 手紙の送り先の住所は関東のとあるオフィス宛だった。場所的には、八雲大が所在する地区でもある。宛名は毎回旅行会社の名前だったが、担当者が誰かは不明だった。


 加えて、この仕事の報酬等の詳細について当日部員には一切話してはならない事や、送り迎えは速やかに行い余計な行動はしない事などが再三に渡って書き添えられていた。


 既に大分怪しいのだが、決め手はこれから行く島だ。ここが最寄とは言え、船で2時間半かかるその無人島の名は「海昏島かいこんじま」。無人島であることが怪しいのではない。この島にはちょっとしたがあるため、地元住民でも寄り付かない島なのだ。


 わざわざそんな島に多額の報酬を払って行くのは明らかに不自然だ。しかも船の中でそのに関する話をするよう指示も受けていた。はっきり言って意味が分からない。


 そのあたりの事を記憶から漁った時点で、既に嫌な予感はしていた。僕の中でこういう状況が起き得る物語のジャンルは非常に限られている。



 ――すなわち、ミステリーやサスペンスの類だ。端的に言うと、人が死ぬタイプの物語である。



 あまりそういう状況に関わりたくはないのだが、これも傍観者としての務めなので仕方がない。そこに物語があるのなら、僕はそれを見届ける以外にやる事がないのだ。


 思い悩んでも仕方がない。僕は彼らを島に送り届ける覚悟を決めた。



「あの、今日海昏島まで船を出してくれる漁師の方ですか? 僕たち、八雲大の映研なんですけど」


 若者たちの中から、背の高い落ち着いた服装の青年が話しかけて来た。どことなく大人っぽくみえるが、最近の学生とはそういうものなのかもしれない。口調も案外しっかりとしている。


「ああ、そうだよ。君が、代表かな?」


 僕は一応、彼らより20近く年上だ。わざわざ敬語を使う必要もないだろう。この仕事で生計を立てているわけではないし、どんな印象を持たれようがそのとき限りだ。


「あー、まあ一応そんなところです。僕はこの映研のOBで、倉橋くらはしって言います。こういった渉外の担当として、今日は付き添ってるんです」


「へー、そうなんだ。大変だねえ」


「あはは、まあ、可愛い後輩の頼みとあっては断れませんよ」


 彼の境遇には全く興味がなかったが、名前を手に入れたのは大きい。おそらくここにいる全員が重要な登場人物だ。名前はしっかり覚えていこう。


 一応、乗客名簿は事前に送られてきている。確認してみると、倉橋桂太けいたという名前がそこにはあった。


「あー、桂太さんひどーい! 今回は桂太さんもノリノリだったじゃないですかー!」


「あはは、ごめんごめん佐織さおり。ちょっと苦労人感を演出したくなっちゃったんだよ」


 倉橋こと桂太の横にいた明るい茶髪のショートボブの少女が、彼に突っかかる。いかにも女子大生といった雰囲気だ。若さがすごい。


 圭太は、この子をサオリと呼んでいた。名簿には、庄司しょうじ佐織という名前が載っている。彼女がそうだろう。


「じゃあ、早速行こうか。これが今日君たちに乗ってもらう船だよ。さあ、乗って乗って」


 僕は自分の漁船へと彼らを促す。ぞろぞろと若い男女が船へと向かって行った。


「おい、さっさと歩けよ、すぐる! ちっ、どんくせえな」


「あっ……すみません、大毅だいきさん」


 ガタイの良い短髪の青年が、色白の青年を急かす。虚弱そうな肌の白い方は、目元まで伸びた前髪を海風に揺らしながら、息も絶え絶えに小走りで船に乗り込んでいた。その両腕には大量の荷物を抱えさせられている。


 ガタイの良い方が長谷川はせがわ大毅、色白の方が元木もとき優と言うらしい。優は大毅の使い走りと言った所だろうか。何だか見ていて可哀想になる待遇を受けている。


 続いて女性が2人、船へと向かった。片方は切れ長の目にきれいなロングの黒髪が特徴的な美人、もう一人はウェーブの掛かった茶髪をハーフアップで結んだ少女だ。茶髪の子はくりくりとした大きな瞳が可愛らしい。


恭子きょうこセンパイ! あのシーンの台詞って――」


「ああ、あかね。そこはね――」


 茶髪の子が演技についての話を一生懸命、黒髪の子に尋ねていた。彼女たちは先輩後輩の関係か。聞こえて来た名前を元に、黒髪が塚原つかはら恭子、茶髪が三島みしまあかねだと確認。


 その後、妙に優し気な目元をした、白衣を来た青年が一人で船へと向かった。むさくるしい茶色い長髪と、黒縁眼鏡が印象的である。何だこいつは。名前も不明である。


「おーい、明彦あきひこ! グズグズすんなよ。もう観念しろって」


「騙された……。外嫌い。何で天才のボクがこんなことを……。康介こうすけは太陽に焼かれて死ね」


「俺は吸血鬼か!」


 その後、金髪の快活そうな青年が、童顔の割に不景気そうな表情をした青年の腕を引きながら船へと向かった。童顔の青年は朝に弱いタイプなのか、寝癖まみれだ。その上、彼は非力なようで、金髪に腕を引かれていると言うよりは寧ろ、引き摺られていると言った体である。


 金髪は五十嵐いがらし康介、童顔非力寝癖は弥勒院みろくいん明彦と言うようだ。消去法で、先ほどの変態茶髪白衣は進藤しんどうれいだと分かる。


 ちなみに、今回の主人公は寝癖の童顔、明彦だ。僕とは全く面識がなく、こちらとしても彼が大学生であろうと言うこと以外に情報はない。


 しかし、今回の僕のジャンル予想が合っていれば、彼はこれから起こる事件を解決する探偵役である可能性が高い。本人も自分の事を天才だと言っているし、こんな様子だが頭は切れるのだろう。おそらく。


 ともかく、こうして兼ねてより聞いていた大学生サークルの面々9人が僕の船に乗り込んだ。



 ――不穏な旅路へと、小さな漁船は出航する。

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