第三章 絶海孤島推理 悔恨島
序 「前日譚~天才は高らかに笑う」
北風が吹き荒ぶ校舎の屋上。少女は校庭で部活動に勤しむ生徒たちを眺めていた。
彼らが追い掛ける青春や日常を思い、少女の胸中は掻き乱される。
――私には、手に入れることが出来なかった。追い求める事さえ、許されなかった。
彼女を追い詰めた部員たち。彼らの悪鬼の如き笑い声が、耳にこびり付いて離れない。
もう、やめたい。もう、終わりたい。
そう決心した彼女は、おもむろに屋上の柵を乗り越える。
思い出されるのは、ある人物の顔。彼女にとって、最も大切な人。
あの人に、悲しい顔をさせてしまうのは心苦しい。あの人は、自分を許してくれるだろうか。
――だけど、ごめんなさい。
意を決して、彼女は夕暮れの空へ飛び立つ。その身体は浮き上がるはずもなく、重力に従って遠い地面へと吸い込まれてゆく。
校庭のどこかから、悲鳴が響いた気がした。しかし、彼女の中で最期に響いたのは、やはりあの人の優しい声だった。
自らの
どうか、私を恨まないでください――。
***
「映画の撮影アシスタント? 何でボクが」
「頼むよ、明彦! 今回はサークルで結構大掛かりにやるんだけど、人手が足りなくてさ。どうか、この通り!」
講義室で頭を下げるのは同学科の友人、
「いくらキミの頭が下げる事にしか特化していないとは言っても、ボクも暇じゃないんだよね」
「そこを何とか!」
辛辣な明彦の発言にも怯むことなく、康介は食い下がる。明彦のこのような態度に初めは康介も戸惑ったが、何度も繰り返す内に完全に慣れてしまっていた。
「はぁ……まあ、微塵も関心は無いんだけど、一応訊いておくよ。撮影するのはどんな映画なんだい?」
「お、興味湧いてきた?」
「湧いてないよ。キミの耳には蛆虫が湧いているようだけど」
「はは、何とでも言え。お前を連れて行けるならどんな
康介はしゃんと立ち上がり、今回の企画の説明を始める。
「まず、撮影するのは吸血鬼を題材にしたホラー映画だ」
「吸血鬼ねぇ……」
「それで、ちょこっとラブロマンスなんかも混ぜ込んだりして」
「いかにも面白くなさそうだ」
明彦の発言に腰を折られかけるが、康介は話を続ける。
「それで、その撮影っていうのを実際に吸血鬼伝説の残る孤島でやるんだ! どうだ、面白そうだろう! ワクワクして来ただろう! 行きたくなって来ただろぉ~!」
「そうだね。じゃあボクは執筆の続きがあるから、残りはご自慢のスマホ内蔵AIにでも聞かせてあげてくれ」
そそくさと荷物をまとめ、帰ろうとする明彦。明彦は出不精だった。
「おいおいおい! そりゃないぜ、明彦! 頼むよ! 一生のお願い!」
「ボクが耳を傾けるほどキミの人生に価値はないよっ……! さあ、その手を離すんだっ……!」
力強く明彦の左腕を掴む康介。どうにか力ずくで逃れようとする明彦だが、その身体はびくともしない。明彦は非力だった。
「頼むよ、明彦! ちょっと謎めいた展開とかもあるから、是非、是非にと! 天才ミステリー作家の
「……天才? ボクを天才と呼んだか、凡才」
突如、身体の力を抜く明彦。その場にぴたりと立ち尽くしたかと思うと、満面の笑みで康介の方を振り返る。
「ハハハハハッ! 何だ、そういうことならもっと早く言ってくれれば良かったんだ! よかろう。この超絶天才推理小説作家、ゴッド『miroku』こと弥勒院明彦が、キミに協力してあげようじゃないか! ハッハッハッ!」
掴まれていない右手で、激しく康介の肩を叩く明彦。康介は
「ありがとうございますっ……! 先生! ありがとうございますっ……!」
「いいんだ、いいんだ! ハッハッハッ! キミたちのような凡才に、この天才的頭脳から呼び起こされる天才的閃きを享受するのも、また天才の務めなのだよ! ハッハッハッ!」
ご機嫌で快諾する明彦の声を頭上に受けながら、康介は思った。
(――やっぱこいつチョロいわ)
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