七節 「踏み出す一歩は、誰がため」
結局、海斗は何か行動を起こすわけでもなく、そのまま1週間が過ぎた。既にクリスマスは3日後に迫っている。
何をやっているんだ。いつまでそこで立ち止まっているつもりだ。
海斗が自分の気持ちに気付くためにはどうすればいいのだろうか。
周囲の人間が明言してはダメだ。それでは彼のためにならない。誠や結以の気持ちも無下にしてしまう。
僕が海斗に暗に伝える? いや、それも不可能だ。僕と海斗は殆ど何の関係性も築いていない。僕が何を言った所で、彼の心に響くとは思えない。
どうすればいい? そもそもこれは僕がどうにか出来る事なのか?
たまには何もせず、物語の流れに身を任せても良いのかもしれない。そもそも僕の「
だけど、だけどそれでも。
――彼らを支えてきた人たちを思えばこそ、黙っている事なんてできない。
こんなのはお節介だ。余計なお世話だ。野次馬だ。何とでも言え。
僕は自分が出来る事を放棄してまで、のうのうとこんなおかしな世界で生きるつもりはない。
必ず、僕にしか出来ないことがあるはずだ。その時が来るのを今は待つのだ。
今日も、午前の授業の終了をチャイムが告げる。生徒たちには、待ちに待った昼休みだ。
「じょうじー、めし」
気の抜けたような声で涼太が僕を誘う。はっきり言って、今の僕は呑気に涼太と昼食を共にしている余裕はない。
「お腹空いたねー。学食行こうか」
しかし僕の口から出た言葉も、呼応したように気が抜けていた。所詮僕はこんなものだ。
学食へと向かい、食事の注文を終えた僕たちは、適当な丸テーブルに着く。
今日も涼太は素うどん、僕はカレーライスだ。僕はこの学食でカレーライスしか食べた事がないので、うどんとカレー以外のメニューはよく知らない。
「涼太は好きな人とかいないの?」
特に話題もなかったので、適当な質問を投げてみる。最近の僕のトレンド。
「何だそれ。最近やたらと色気付いてるな、譲次。前にも言ったけど、俺はその手の話は苦手だ」
「だからこそ聞いてみたいなって思って」
「青春だ色恋だと盛んな事を悪いとは言わんが、周りの人間を巻き込みだしたら病気だぞ。鎮静剤でも打ってもらえ」
適当に流された。涼太はそれきり話を切り上げて、うどんを啜る。
仕方がないので僕もカレーに手を付ける。別に特別美味しい訳ではないけど、慣れ親しんだ味だ。昨日も食べたような気がするが、実際、昨日も食べた。
不意に人の気配を感じたので、顔を上げる。僕たちの奥の席、ちょうど涼太の真後ろに当たる丸テーブルに、海斗と誠が定食らしき盆を持って来るのが見えた。
ここで、海斗と一緒になるのか――いや、これはチャンスかもしれない。
思うに、海斗に足りないのはあと一歩を踏み出す衝動だ。安穏とした学園生活の中で、こんな毎日が当たり前に続くものだと安心しきっているのが枷になっている。
――閃いた。
しかしイチかバチかだ。上手く行くかは分からない。しかし、もうこれほどのチャンスは訪れないと思った方が良い。切り札は、リスクの中でこそ切るものだ。
僕は思い描く。あの銃のイメージを。引き金を引くのは僕ではない。僕は――撃鉄を起こすだけだ。
だから、海斗。
――引き金は、君が引くんだ。
ガチャリ、と全身に鈍い音が響く。
「ところで、涼太。あの話、聞いた?」
「あ? また色恋沙汰か?」
「いやいや、別に僕も四六時中、色ボケしてるわけではないよ……」
涼太の警戒心がすごい事になっていた。しかし、ここで怯むわけにはいかない。たった一度きりのチャンスなのだ。
「同じクラスにさ。清水さんっているじゃん。清水晴夏さん」
「いるな。そんな丁寧にフルネームで言い直さなくても知ってるよ」
少しだけ目線を、涼太の奥、海斗の方へと向ける。海斗の箸を持つ手は、一瞬だけ止まったように見えた。
今の僕は、騒がしい学食内で少しだけ大きめの声を出しながら友人と話している男子生徒という体だ。微妙に周りに聞こえるぐらいの声量を出しても、不自然ではないだろう。
ちゃんと海斗にも聞こえてはいるはずだ。先ほどの彼の反応自体は、もしかすると気のせいかもしれないが、届いていることを信じて、このまま進めることにする。
「ああ、その清水さん。あの子さ――2学期いっぱいで転校するらしいよ」
視界内の海斗が、がたりと椅子の脚を鳴らした。
今の僕の声は誠にも聞こえたのだろう。心配と驚愕が入り混じった顔で、海斗を見つめている。今度は気のせいではない。
涼太は特に後ろの気配を気にすることもなく、続ける。
「へー、そうなんだ。いや、知らなかったわ。急だな」
「うん、僕もたまたま職員室に行ったときに聞こえて来たんだけどね。全然そんな様子ないから、意外だなーって思ってたんだよ」
「ふーん」
涼太自身は特に興味も無いようで、そのままうどんを摂取する作業へと戻る。
しかし今の僕の発言は、涼太を動かすものではないからそれで良い。海斗が、どう動くかだ。
瞬間、海斗は食事を放棄して立ち上がり、誠を置いて学食から走り去ってしまった。
「お、おい! 海斗!」
誠の声も、今の海斗には届かない。僕の狙いが外れなかったのであれば、彼は今、自分自身と戦い始めているはずだ。
――そうだ。君の一歩は、そこにある。
誠は、海斗が残した食事を急いでカウンターへと返しに向かい、学食のおばちゃんに平謝りした後、海斗を追い掛けて行った。急なアクシデントにも、冷静な男である。
「何だ、桐原もいたのか」
「あー、そうみたいだね」
流石に背後の喧騒に涼太も気付いたようで、気だるげな表情でその様子に目を向けていた。
「おいおい、お前はあいつらが居たの見えてただろう。何でそんなタイミングで清水の話するんだよ。あいつらが結構仲良いの知ってただろうが」
揉め事が起きてしまったらしい事に気付き、涼太が心底うんざりした様子で僕を責める。
「うーん、まあ分かってはいたんだけど……」
しかし、今の僕はそんな涼太の様子でさえ、何となく晴れやかな気持ちで受け止めることが出来た。
恋愛だ青春だなんていうのは、苦手だと思っていたけれど。
「――結局僕も、恋愛話っていうのがどうしようもなく好きだったみたい」
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