二節 「勇者との邂逅」

 昼下がり頃、宿屋に久しぶりの客が訪れた。男が2人に女が1人の3人組で、装いを見るに旅の一行と思われる。


「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」


 とりあえず無難に声をかける。


 こういった接客は余裕だ。何せ自動操縦だから。僕という人物が本来持っている能力を適当に行使すればこんなものだ。今ならカリスマ店員にだってなれる気がする。カリスマの意味はいまいち覚えてないけど。


「宿泊で頼む。3人でとりあえず何泊かさせてもらえるか。連れがこの村で療養中だから、それまでの間、泊めてもらいたい」


 3人の中で最も大柄で、年長に見える男が言った。精悍な顔付きで髪は燃えるような赤毛、重鎧で身を固め、背中には大きな盾を背負っている。盾に目を引かれてあまり目立たないが、腰には短剣のような物も携えている。


「さようでございますか。幸い、このようなご時世ですから当宿にもあまり客入りはございません。ご都合の許す限り是非ご宿泊ください」


「ありがとう。助かるよ」


 こんなにすらすらと言葉が出てくると逆に気持ち悪いが、間違いなく僕が培った接客スキルだ。存分に利用させてもらおう。


 このままいつも通りの手順で彼らを泊めても良いのだが、実はこの一行、ただの客ではない。これは彼らが入ってきた瞬間に分かっていたことだ。


 入り口付近にいる連れの青年。美しい金色の短髪に軽鎧、腰に差した長剣は柄と鞘だけでも、並の一振りではないことが感じられる。


 彼が、この世界の主人公だ。噂になっている新たな勇者とやらだろう。


 ゆえに彼らは、主人公パーティーの勇者御一行様ということになる。それが分かったからには、極端な干渉が出来ないとはいえ、出来る範囲でアクションを起こしたい。


 僕は頭の中で、歯車ギアの噛み合わせを切り替えるイメージを浮かべる。


「ではお手数ですが、ご宿泊される方皆様のお名前を、こちらの帳簿に直筆で頂いてもよろしいですか?」


 自動オート操縦を手動マニュアル操作に切り替えて、少しだけ突っ込んだ言動を行う。


 物語上の干渉さえ行わなければ、この程度は許される。本来、この店の帳簿は代表者の名前だけを書けば良いシステムだ。しかし、ここで彼らが帳簿に代表一名だけの名前を書こうが、全員の名前を書こうが、この世界には何の影響もない。


 「バタフライ・エフェクト」という言葉もあるが、もしそういった間接的干渉の可能性がある場合、その発言自体が差し止められる。言おうと思っても言えなくなるのだ。これは発言だけでなく、行動においても同様である。動こうと思っても身体は動かない。


 つまりこの世界の僕に限って言えば――桶屋が儲かる風は吹かない。


 宿泊者全員の名前を書いてもらう。僕にとってこれは必要な行動だった。勿論ダメならダメでも良かったけど、そうして貰えると非常に助かる。その心は――主人公以外の名前も知りたい。


「ああ、分かった」


 大柄な男がカウンターの羽ペンを手に取り、帳簿に名前を書いていく。彼が離れた後の帳簿には「テオボルト・ブラッド」と力強い字が書き記されていた。


「ありがとうございます。お連れ様もよろしいですか?」


 後ろにいる2人にも促す。女性客の方が、先にこちらまで歩み寄ってきた。


 彼女の名前は「セリア・ハーネス」というらしい。煌めくような黒髪の少女で、魔法衣ローブに身を包んでいる。彼女は魔法使いと見てよいだろう。少し長めの前髪の奥からは、やや気の強そうなツリ目が覗いている。年の頃は15か16といった所だろうか。


 セリアが書き終えると、最後に主人公の青年がゆっくりと帳簿の前まで歩いてきた。表情はかげり、どことなく力ない歩みだ。眼光からは生気という生気が全て抜け落ちてしまったかのようにさえ感じられる。どこか体の具合でも悪いのだろうか。主人公だというのに……心配だ。


 彼の記した名は「ハルバート・クロムウェル」。これだけは元々知っていた情報だ。僕の認識と照らし合わせても、やはりこの青年が主人公で間違いない……のだが、とても彼が勇者たる男には見えない。物語中盤ぐらいで現れる、大切なものを何ひとつ守れないまま死んでしまったがために、今も村で彷徨さまよい続けている元村人の亡霊とかにしか見えない。


 何でだろう。勇者感が無いのかもしれない。勇者といえばもっとこう、元気一杯でメシとか馬鹿みたいに食って、でも剣の腕とかは達者で、キメるときはビシッとキメて……みたいなものを想像していた。だが蓋を開けてみたら、彷徨える亡霊である。どっちかと言えば敵役だ。


 ただ間違いなく彼が主人公のはずである。この世界、大丈夫だろうか。まあ、僕の持つ勇者像がステレオタイプなだけかもしれないが。


「皆様、ありがとうございました。それではお部屋は2階の方に4つほどございますので、お好きな部屋をご利用ください。他にお客様もいらっしゃいませんので、宿内もある程度自由に使って頂いて構いません。それではごゆっくりおくつろぎください」


 とりあえず、それはそれ、仕事は仕事で進めなければならない。考えれば考えるほど心配は募るばかりだが、こういった推測はもう少し彼らのことを観察してからでも良いだろう。まだまだ、この勇者たちと接点を持つチャンスはあるはずだ。焦る必要はない。


「感謝する。主人、世話になる」


「ええ、お連れ様も快復しましたら是非」


「……ああ、そうだな」


 少しテオボルトの顔が曇ったように見える。発言にも何か嫌な間があった。気を遣ったつもりだったが、まずいことを口にしたのかもしれない。その連れとやらは余程危険な状態にあるのだろう。


 この件には触れない方が良さそうだ。僕は意識を自動オートモードへそっと切り替え直した。


「部屋に行くぞ、ハルバート、セリア。とりあえず今日は、俺たちも休んだ方がいい」


「ええ、そうね。さあ、ハルバート」


「……ああ」


 テオボルトとセリアの2人がハルバートを促しながら、2階へと上がって行った。どう見てもハルバートの様子はおかしいが、テオボルトとセリアも何やら気を遣っているようだ。共に旅をしてきたからと言って、必ずしも親密になる訳ではないという事だろうか。世の中は複雑だ。


 それにしても、彼らがこのタイミングで現れたのは予想外の出来事だった。とりあえず突然増えた3人分の食材を買い足さねばならない。この世界が物語だと分かっていても、それがどのように進行していくのかは僕にも分からないのだ。


 何も特別なことはない。所詮僕は、ただの宿屋の主人だ。


 僕は足りない食材や少なくなっている備品を確認した後、夕食に間に合うよう足早に宿を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る