56.好きなものさがし
彼女の訃報が飛びこんできたとき、すべてを失ったと感じた。心も、魂も、血肉も、すべてが。
この喪失感が愛でなく、なんなのだろう。彼女がいなければ、己の生にも意味などないと感じるほどの激情が。
深く愛していたのだと、空虚な苦しみの中で実感した。
彼女のいない地上は、永遠に続く地獄に思われた。
もっと早く、自分の心に向かい合っていれば、好きなものを好きだと感じる心を取り戻せていたのだろうか?
それとももう、おそかったのだろうか。
わからなかった。
ただルイスは己のそんな性質を厭っていたし、自分とは正反対の、たくさんの「好き」を持つリーゼロッテを尊い存在だと考えていた。彼女こそは、太陽よりもなお、心を明るくしてくれる光だった。
だから、リーゼロッテがもし結婚相手を選ぶのなら、彼女と同じように深く愛する心を持った一途な男でなければならない。そうあって欲しい。
それに、好きなものを語るときのこの子の輝きにみちた顔を、きっとアリーシャも愛していたであろう。それを失ってしまうことがあれば、彼女に顔向けできない。
だから、結婚の承諾はできなくとも、彼女がルイスを好きであるという気持ちは反対しなかった。
「ルイスは」
リーゼロッテはまぶたを伏せて彼の名前を呼んだ。
「あいする人がいたの……?」
ルイスは口の端に笑みをはくと、あえてなんでもないことのように答えた。
「昔のことです。もう亡くなってしまった方ですよ」
さらにリーゼロッテはたずねた。
「いまも、すきな人やものがよくわからないの? だから、つらい?」
語りすぎたようだ。やはり、この子は他人の気持ちを察する力が高い。余計な心配をさせてはいけない。
「つらいのなら、そのままにしてはいけないわ。わたしといっしょに、すきなものをさがしましょう」
リーゼロッテには利他的なところがある。自分が苦しんでいたはずなのに、いまはもう、ルイスの苦しみを解決できないかと考えている。
しかし、子どもの不安を解消する方法を、教育係が考えることはあっても、逆はあってはならないのだ。
「リーゼのことは大好きですよ。世界で一番、大切です」
ごまかすための言葉だった。「はい」か「いいえ」で答えるべき質問をうやむやにする返答をするのは得意だった。
ただ、ごまかしではあるが、真実でもあった。
リーゼロッテのことは愛おしい。なによりも。
彼女こそが自分を空虚な地獄から救ってくれる、ただひとりの存在だった。
アリーシャ亡きいま、この世に残されたたったひとつの輝きだった。
あまり語りたくない部分まで語ってしまったが、本当は見せたくなかった本心もいくらかさらしたことで、リーゼロッテの信頼を得ることができたようだ。
子どもの白い頬には朱みが戻っていた。
リーゼロッテは顔を伏せると、ルイスの両手をぎゅうっと大事そうに握った。
「わたしもすきよ。ずっといっしょにいましょうね」
その日の夕方、帰る準備をしていたルイスは、リーゼロッテがリビングに置きっぱなしにしていたノートを見つけた。見覚えがないノートだ。授業で使っているものではないように思う。
私室に置かれているものや、プライベートな内容のものであれば触れるべきではないが、授業に関係あるものを提出し忘れている可能性もゼロではない。念のために、軽くチェックをしておこうと開いてみた。
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