59.ハリエット・ブルームからの告白
同じ職場で働くアレックス・ヒースと下町の酒場で食事をしていた時に、この店の看板娘であるハリエット・ブルームに告白された時も、いつもと同じように頭の中で計算を始めた。
その頃のルイスは、職場の上司の娘から熱烈なアプローチを受けていた。娘を溺愛する上司も「ぜひに」と、たびたび身内を含んでの食事会への誘いをかけてきた。
それはとても気疲れしそうな恋人関係になるだろうと考えた。もしうまくいかず破局することになれば、上司を敵に回すことになる。職場で敵を作るのは得策ではない。
娘に悪い感情があったわけではないが、断りたかった。
ハリエットに告白された時、ルイスの頭に浮かんだのはこのことだった。
まだ上司から「うちの娘を恋人にして欲しい」「君を婿にしたい」と、はっきりした言葉はなかった。強くにおわせる程度だった。
これは使えると思った。
今度また上司に家族ぐるみの食事会に誘われたときに、
「たいへんありがたいお話なのですが、実は恋人がおりますもので……」
そう、申し訳なさそうに返事をしたら、大きな波風をたてずに断れるかもしれない。
ハリエットは美貌と気立てのよさときびきびとした働きぶりで、酒場に通う労働者の男性の中で絶大な人気があった。波打つ黒髪と、小麦に焼けたセクシーな肌と、ふっくらとしたチェリーの唇は、酒を愉しむ男たちにとっての癒しだった。
少々気が強いが、朗らかでよく笑い、頭の回転も速く、ユーモアのセンスもあった。すくなくとも、一緒にいて不快な相手ではない。
自分の働く酒場で、衆目の中、告白してきたハリエットも計算高かった。ここではみな彼女の味方である。断れば、みなハリエットに同情して慰めるであろう。そして、冷たく袖にしたルイスの株は下がるだろう。
ハリエットの告白を受けたというだけで、何名かの男性を敵に回すことにはなるだろうなと思った。しかし袖にするよりは、受け入れたほうが、まだ非難はすくなかろう。
したたかだな、と思う。しかし、そんな打算的な彼女の一面が、むしろ好ましく思えた。自分のような人間には、むしろ合うかもしれない。
「いいよ」
ルイスは無表情で答えた。
隣でアレックスがなにかをいいたげな顔をしてやりとりを見守っていたが、いよいよ口を開いた。「でも、おまえ、本当は……」
ルイスはそれを無視した。
そして、いつもの言葉を付け加えた。
「でも、僕は君のことも誰のことも好きではないんだ。それでもかまわないのなら」
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