58.ルイスという少年について
率直に言ってルイス・ハーヴィは、人生において半端でないほどモテてきた。
たとえば、彼がグライス社の青いハンカチを使っていると噂になると、彼のファンの女性たちはこぞって同じものを買い求めるほどだった。
だが、彼は異性に人気があることをうれしいとは思わなかった。誰かを好きだという気持ちがわからなかったからだ。
養家で虐げられて育ったルイスは、拾われたブライトウェル家で家事使用人見習いとして育つうちに、己が人から好かれやすい容貌を持っていることに気づいた。
世間一般の子どもの平均よりは、勉学に向いた頭脳をしていることも。
彼は、それを喜んだり残念がったりするより先に、生きるために有利に活用できないかと考えた。
物事に対した際、まず「どうやったら生存に有利になるか」「怖い目に合わないで済むか」と考えることは、幼い頃からのくせであった。
なにかに心をわくわくさせた記憶はあまりない。どうやったら、つらい過去のような生活に戻らなくて済むか。
冷たい床で寝ないで済むか、苦しいほどの空腹を抱えずに済むかを、最優先に考えてきた。
容姿がいいことは、就職において有利に働くことが多いだろう。姿がよく背の高い使用人を、脇に侍らせて見せびらかしたい主は多い。あとは成長とともに身長が伸びてくれるように祈るのみだ。
背が高く美しい使用人となれば、なにか不測の事態が起こり、万が一、いまの職場にいられなくなっても、再雇用の機会により多く恵まれるだろう。
彼に告白する女性は多かった。うれしいことではなかった。ルイスはそのなかの誰も、好きだとは思わなかったからである。
愛にはしばしば憎悪もつきまとった。愛されやすいがために、憎まれることも人より多かった。恋愛というものは、わずらわしい人間関係だとも思った。
誰かを愛するということが、彼にはわからなかった。もちろん人に対しての好ききらいはあるが、かけがえのない存在はと問われると、いなかった。
他人に対しての好ききらいなんて、レンズ豆より豚肉が好きだというのと同程度のことだった。
告白されたときは、しばし考えた。頬を染めて待っている女性の前で、交際した場合のメリットとデメリットを脳内のそろばんではじいて、返答の文章を作りあげた。
愛の価値など信じてはいなかった。損か得かで考えた。
そういう自分の打算的な特性を、自分でも軽蔑していた。かといって、ひどく生活に困難をもたらすことでもないので、ことさら矯正しようともしなかった。
「でも、僕は君のことが好きではない。誰もことも好きではないんだ。それでもかまわないのなら」
それがせめてもの誠実さだろうと思い、告白をOKするときには、業務用の微笑みを脱ぎ捨てて、女性を好きになれない己の特性を正直に告げた。
そんな冷たい返答を返されても、見た目がよく、品行もよいルイスと、交際したい女性は少なくなかった。みな、よろこんで首を縦にふった。でも長続きすることはなかった。
界隈で有名な美少年であったルイスに告白する彼女たちはみな、自分の自信のある美しい女性たちばかりだった。つきあっているうちにルイスも自分のことを好きになるだろうと高を括っていた。
実際はそうではなかった。ともに過ごす日々を重ねるうちに、己ばかりがどんどん想いを増していく。片やルイスは、恋人を丁寧に扱いはするが、特別に想うようすは見せない。友人や同僚を丁寧に扱うのと同じ態度だった。
幾度デートを重ねても、恋人として特別に想われることがない。それはみじめで、ひどく馬鹿にされているような気にさせられた。
彼女たちはしまいには怒りを爆発させて、他の男の元に去っていった。
ルイスはそれを悲しいとは思わなかった。だが、己のよくない性質が招いた結果だと考えた。
誰かを粗雑に扱うつもりはなかったし、ひとりでいたいわけではなかった。家庭というライフラインがあった方が、不測の事態が起きた時に生存に有利であろうと考えてはいた。だから、どちらかというと結婚はしたかった。
この国において結婚しない者は、社会的な地位も低く置かれるし、再就職にも不利になる。
また、もしなにかがあって再雇用されることになれば、ある程度の年齢がいった下級使用人が独身であるのは、不利になりうるだろう。
世の雇い主というものは、妻子を持つ使用人の方が、簡単には逃げ出さずに辛抱強く働くと思うものらしいから。
身近にいる既婚男性たちは言う。独身でいられることで得られる一番大きな恩恵といえば、自由だと。
しかし、ルイスには自由があっても、やりたいことがこれといってなかった。
愛も自由もいらなかった。ただ、安定が欲しかった。
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