61.破滅の呪い
数年後、アリーシャがウェザリー家の富豪の老人の元に売り渡されるように嫁いだ時、ルイスはなにも言わずにいつもの仕事をしていた。
この頃にはもう、ルイスは優秀な使用人としての頭角を現していた。
しかし、ブライトウェル公爵家とウェザリー商会の婚姻など、いくら主人に気に入られていようと使用人が口を挟める問題でもなかった。
同じ屋根の下で暮らしていても、犬が人間の生活について意見することができないように。住む世界がちがうのだ。
使用人たちは、アレックスも含め、みなルイスの内心を慮り同情した。
しかしルイスは悲しみを見せることもなく、淡々と日々の業務をこなしていった。
彼は相変わらず、アリーシャへの恋心を認めなかった。ただ強がっているのではなく、絶対に自分はそんな心を持っていないと信じているようだった。
「自分はお嬢様を愛してなんかいない」「そんな不埒な心は抱くはずがない」「あるのは忠義の心だけ」と。
自分の心臓に鎖をまきつけるようなその行為を、アレックスは哀れに思ったが、どうしてやることもできない。
ただもっと、自由に気楽に生きてもいいだろうにと思う。
アリーシャを愛していると認めてしまえば、決して叶わない恋に苦しむことになるだろう。それなら、自分の心を騙しているのも悪くないんだろうか……。
そう思うが……。
聡明で物事を客観的に見られるルイスが、自分の心だけは歪んだ認知しかできないさまは、なにか呪いのようで気味が悪かった。彼を破滅に導くよくないもののように感じられたのだ。
その後もルイスは「拾ってくださったお嬢様のご恩に報いたい」と仕事に忠実に励み、余暇はすべて独学にあてた。
人一倍、聡明な頭脳に恵まれていたルイスは、アリーシャから学んだ基礎学習を己の力で地道に年月をかけて伸ばし、いまや頼まれて公爵家の子どもたちの勉強を見るほどになっていた。アリーシャの年の離れた弟、現公爵の息子までもが、留学に出る直前までルイスに勉強を見てもらうことがあった。
もちろん彼らには名のある教育者が家庭教師としてついていたが、勉強がわからない時に、子どもたちはまず「ルイス先生」を頼りにした。ルイスは子どもたちがどこでつまずいて、どう教えれば理解できるのかをさぐりあてる能力に長けていた。
機転が利き、どのような仕事をさせてもそつなくこなし、どの職場の者の穴も埋められたため、主人からことさらかわいがられる使用人となっていった。
ルイスは、アリーシャへの忠誠心を示すかのように、ブライトウェル家で忠実に仕えていた。かわいがってくれる上司もいて、出自の劣るルイスを上級使用人に育てたいと言ってくれた。
安定を望む彼は、長年地道に働いていたが、アリーシャの死とともにすべてが変わった。
彼女に育てられた使用人たちはみなひどく嘆き悲しんだが、ルイスはなんの感情も表さなかった。ただその顔色はまるで生きることをやめた人のようだった。
世界から色も、光も、失われてしまった。音楽はなくなり、音はすべて耳障りな騒音だった。もはやなにもがどうでもよかった。
死人のように日々をすごしていたし、いずれ本当にそうなるのだろうと思っていた。うつろな世界を歩いて歩いて、疲れ果てるまで歩き、どこかの野辺で行き倒れて終わりたかった。
しかし転機が訪れた。「アリーシャの大切にしていた娘が病気で伏していて、母親の後を追いそうだ」という話を聞いたとたん、彼は長年勤めた屋敷を辞めてカレルのウェザリー別邸に向っていた。
光は失われたわけではなかった。ただひとつだけ、残っていたのだ。
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