61.リーゼロッテの奮闘!
「おはようございま……す」
その朝、出勤してきたルイスは、リーゼロッテが桃色のエプロンドレスを身にまとって、居間で箒を使っているのに驚いた。
まるでちいさなメイドのような姿の彼女は、いつもより生き生きと活動し、笑っていた。
「おそうじしてるの。おへやのおかたづけもしたわ。みんな、わたしのおそうじがじょうずだってほめてくれるのよ」
状況を把握しようとするルイスに、エステルがひそひそと話しかけてきた。
「これからは自分も家事をするのだとおっしゃっているのですわ。将来の目標のためなのですって。どういたしましょう?」
彼女はどうすべきか困っているようすだった。それらは家事使用人の仕事であって、リーゼロッテのような御令嬢のやるべきことではない。
ルイスも小声で返した。
「あぶないことでなければ、好きなようにやらせてさしあげてください」
それから、授業の時間になって、またルイスはリーゼロッテに驚かされることとなった。
「十二かける十二の表をおぼえたのですか? 全部……?」
この国の九九は、一かける一から、十二かける十二までの一覧表を覚えるのが一般的だった。
数日前、ルイスはその表をリーゼロッテに渡して、これから授業の中で少しずつおぼえていく予定にしていた。
それを、ひとりでもうおぼえてしまったという。
授業が終わったあとにおぼえたのだろうか。
「ほんとうよ。テストしてみて。こたえられるわ」
リーゼロッテの言葉どおり、三かける五も、七かける二も、十一かける九も、彼女は即座に正確に答えて見せた。
ルイスの頭の中に、先日見かけたあのリーゼロッテの決意ノートの内容が流れていた。
■もくてき
ルイスとけっこんする。ずっといっしょにいる。
■やること。ぐたいてき
かじをする
■やること。くわしく
かけざんをおぼえる。十二×十二のひょうをおぼえる
(ここまで本気だったのか……)
いつまでつづけられるのかはまだわからないが、少なくともいまの彼女は真剣だった。
真剣にできることをやって、努力を積み重ねて、目標を達成しようとしている。
ルイスと結婚するという目標を。
「とても素晴らしいです。やはりリーゼはものをおぼえるのが早いですね。でも無理はしていませんか?」
「むりなんて、しないわ」
リーゼロッテはそう答えた。しかし、エステルたちに聞くと、夜遅くまで表に向かい合って、紙を眺めながらぶつぶつと暗記をつづけていたらしい。
自分も仕事の後の余暇をすべて勉強にあてて生きてきたルイスは、リーゼロッテのことをとやかく言うつもりはなかった。
(目的はさておき……学びはきっと彼女の力になる)
まだまだ世間では女に学はいらない、ただ家庭の中で愛らしく微笑んでいればいいという風潮があるが、ルイスはそれに反対だった。
ブライトウェル家にいた頃、彼が教本を広げると、「貧民界の孤児が勉強なんかしてどうする」と馬鹿にしてくる者たちもいた。
しかし彼らのそしりを無視して勉強をつづけていたおかげで、現在リーゼロッテの家庭教師という職に就けて、彼女のそばにいることができるのだ。
でも、リーゼロッテが幼い体であまり思いつめて勉強をしすぎるようだったら、自分たちが止めよう。
そうでなければ、できる限りやりたいことをやらせながら、そっと見守ろう。
リーゼロッテの魔法 ~竜のようにしつこい幼いお嬢様は青年家庭教師に恋をする~ 松宮かさね @conure
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。リーゼロッテの魔法 ~竜のようにしつこい幼いお嬢様は青年家庭教師に恋をする~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます