54.年上のひとへの想い

 ルイスは思わず豆をむく手を止めた。急な質問だった。

 いつもなら適当にごまかすところだが、少年の瞳はひたむきにこちらを見つめていて、まるでリーゼロッテのそれを思い出させた。


 そこまで必死に隠すこともないか、名前さえ出さなければ、と思いなおす。


「いたよ。ひとりだけ」


 あえて、なんでもないことのように軽く返した。

 ジョシュはひどく興味をそそられたようだった。


「え、だれ? オレの知っている人? エステル? ミア?」


 少年の丸い瞳が興味津々に輝いていた。

 あまり掘られても面倒なことになると思い、手短に答えた。


「もう亡くなった」


 そう言われると、普通はもうあまり踏みこんでこられないだろう。この話題も打ち切りになるはず。

 そう踏んでいたが、少年はそういう言語外の気づかいをまだ会得していなかった。

 そこまで社交の機微がわかっていなかったため、好奇心のおもむくままに遠慮のない声で質問を重ねた。


「亡くなった!? 好きな人が死んだの? 悲しかった?」


 自分の身に置き換えているのか、ひどく悲劇的な顔をしながら、ルイスに同情した。

 うまいこと質問をそらされたことに気づいていないようだった。その「彼女」は――ジョシュとも面識があるから、あまり詳細を語るのは控えたかった。


 誰なのかは特定できないように、詳しい状況は控えつつ、自分の気持ちだけを少し語った。


「正確に言うと、亡くなったと聞いたときに、好きだったんだと気づいたんだ」


「ええー、そんなことある?」


 尊敬だと思っていた。それは愛だった。


 落ち着かないジョシュの瞳が「なにそれなにそれ? もっと聞きたい」と語っているが、気づかないふりをした。もうこれ以上は語るつもりはなかった。

 彼は口が軽いわけではないが、年齢のわりに純粋だ。秘密を守るのも苦手そうだったから。うっかり誰かに喋ってしまわないとも限らない。

 この話題をリーゼロッテの耳に入れるのは避けたかった。


 ざるに貼りついて残るさやえんどうを見ながら、青年は手をとめた。


「そろそろ失礼するよ。お嬢様がお昼寝から起きるころだから」


「うん、ありがとう。もういいよ。あの、あとさ、ちょっとお願いが……」


 またもやジョシュはなにかを言い淀んだ。

 言おうかどうかかなり悩んでるようで、なかなか切り出してこない。


「まだなにかあるのかい?」


「……ううん……。やっぱ、いいや」 


 少年は肩を落とした。

 快活な彼らしからぬそぶりが気にはなったが、ルイスはそれ以上聞くことはなく立ち上がった。

 優先順位はリーゼロッテに関することが上だ。どうしても重要なことなら、また話しかけてくるだろう。


 なにかを思いついたように、ジョシュはポケットに手を突っ込んだ。


「これ、やるよ」


 それは、紫と白の縞模様の包装紙に包まれたキャンディーだった。

 秘密をいくらか打ち明け合ったことで、よりルイスに好感を抱いたようだった。


 ルイスはそれを受け取ると、勝手口に向かって歩き始めた。

 昼寝から目覚めたリーゼロッテが、彼の到着を待っているだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る