53.カティヤは猫?

 唐突な質問だった。

 が、これまでの不可解な彼の態度は、そういうことだったのかと一瞬で合点がいった。


「まさか」

 

 ルイスは手をとめないまま笑って答えた。よりによってカティヤを選ぶなんて、変わった趣味だとは思うが、他人の好みにケチをつけるほど不粋でも無礼でもないつもりだ。


 あまりにきっぱりと跳ねのけたせいか、ジョシュは少々たじろいだようだった。


 ルイスは重ねて質問をした。


「でもいきなりだな。どうしてそう思ったんだい?」


 そう聞かれると、少年は「だって……」と答えづらそうな顔を見せた。


「最近いっつもふたりで喋ってるしさ。なんか、ふたりとも背が高くて、見た感じとかもお似合いだから……。歳だって、ひとつしかちがわないじゃん」


 いいよなあ……と言わんばかりの口調だった。ジョシュとカティヤは五歳も離れているし、背だってカティヤの方が高い。


 そんな彼の隣で、家庭教師は軽く首を横にふって見せた。


「業務に関係したことを話していただけだよ。お嬢様のことで打ち合わせる必要が、彼女たちとはたくさんあったんだ。仕事仲間としてはきらいではないけど、それだけだよ」

 

 少年の顔があからさまに変わった。夏の麦畑を思わせる晴れ晴れとした表情だった。


「そっかあ」


 大きな口が弧を描くさまは、彼を年齢よりも幼く見せた。

 あからさまに安堵する少年の表情は、素直でかわいらしかった。誤解は解けたようだが、ルイスはもうすこし踏みこんで安心させてやろうと思った。


「安心していいよ。僕はむしろきらわれていると思うから」


「え……」


 ジョシュは困惑しているようすだ。『安心していい』という言葉の意図がわからないらしい。 

 本人には、カティヤへの感情がだだ漏れになっている自覚がないようだ。


 ルイスは遠回しな表現をやめ、強めの言葉を重ねてみることにした。


「誤解されたくないから率直に言うけど、僕のほうもカティヤは異性としては好みではない。本当のことを言うと、君のような未来ある純朴な少年が、なんで彼女みたいなくせの強い女性に好意を寄せるのか不可解だと思ったくらいだよ」


「え、こ、好意とか……。ちが……」


 言い当てられたことに動揺したらしい。ジョシュはうつむいてぽそぽそとつぶやいた。


「だって俺、五つも年下だし……。相手にされるわけないし……」


 よく日焼けした小麦色の頬が見る見る赤みを帯びた。


「僕には理解できないが、でも好みは人それぞれだからね。あの人にもいいところはいろいろとあるのだろうし。たしかにメイドにしてはかなり美人であるのは事実だしね。想いを寄せる男がいるのも理解できなくもないよ」


 擁護したつもりが微妙に失礼な表現になってしまった。カティヤを弁護するのは難しいな……とルイスは内心思う。

 せいいっぱい庇ったつもりだが、ジョシュは不服そうだった。


「兄ちゃんも『美人だけどおっかない』って言ってた」


 しゅんとしたようすでジョシュはそう言った。見た目しか褒められないカティヤの評判に納得がいかないようだった。 


「そこがいいのに。気が強くてがんがん言ってくるのがいいんだ。怒った猫みたいでさ。なんでみんな、カティヤのこと怖がるんだろう? 俺はカティヤと喋ってるとすごく楽しくなるんだ」


 少年が熱心に語るので、ルイスは微笑ましく思いながら言った。


「たしかに。溝の中の猫に気づかないで近くを歩いていて、あんなふうに威嚇されたことあるよ」


「母ちゃんは『同じお屋敷で働く者同士としては情もあるし、悪い子でないのは知ってるんだけど、息子の嫁にはしたくないねぇ』ってさ。でもそんなの母ちゃんにだって言ってほしくないよ」


 そう言うとジョシュは肩を落とした。

 ルイスはしばらく、軽い相づちだけを返しながら、好きなだけジョシュに語らせていた。心にひめていたことをめいっぱい打ち明けたなら、少しは気が楽になるかもしれない。


 ジョシュは、カティヤのこと、家族のことなどあれこれ話した末に、唐突にルイスに質問を向けた。


「ルイスは好きな人いないの?」

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