52.庭師の孫ジョシュ

「でさー、母ちゃんがまた責めるんだよ。『あたしがあんたの歳の頃にはもう結婚もして子どもがいたよ』って。ルイスもひどいと思うだろ? もう兄ちゃんがかわいそうでさあ」


 月夜の漣邸の裏庭には半地下の厨房につづく階段がある。ルイスは庭師の孫のジョシュとともに階段の横に座りこんで、ざるに山盛りにしたさやえんどうのすじを取りながら、身の上話を聞かされていた。


「オレ、次男でよかったよ。兄ちゃんだってなりたくて長男になったわけじゃないし、好きで恋人がいないわけじゃないんだ。いいやつなんだけど、シャイだから女の子と喋ることもできないんだよ。なあ、あんまり責めないでやってって、ルイスから母ちゃんを説得してよ」


 熱を入れて家庭の事情を語る少年に、ルイスは豆をむしりながら軽くこたえた。


「考えとくよ」


 屋敷の人々に愛想をふりまくのは、リーゼロッテを守るための仕事に協力的な者を増やすためだった。しかしこの素直な少年は、すっかりルイスのことを慕うようになっていた。


 首都の大貴族の屋敷に勤めていた元従僕、さらには家庭教師などという頭のよさそうな大人が、自分のことを気にかけてくれるのがうれしかったらしい。

 彼とは六歳差だ。大人だが、大人すぎない。年齢が離れすぎていないところも好感度を稼いだようだ。


「頼むよ。早いと助かるよ」


 ルイスの社交辞令を真に受けたらしいジョシュは、ホッとしたように笑った。

 兄のケヴィンは庭師の祖父の見習いとして働いている。いずれ正式に跡を継ぐのだろう。

 年少のジョシュは、まだ自分の将来を決めかねているようだった。

 祖父や兄と働く日もあれば、近隣の農家の収穫を手伝う日もある。または今日のように屋敷の仕事を手伝って駄賃をもらうこともあった。


「そういやさ、リーゼロッテがルイスと結婚するって言ってるんだろ。まだ六歳なのに、こまっしゃくれてて笑っちゃうよなあ。でも本人はまじめみたいだから、からかっても悪いのかなあ」


 ジョシュはおもしろい話題を見つけたように笑って言った。

 ルイスはざるに豆を投げ入れながらため息をついた。


「笑い事じゃないんだよ。僕のクビがかかってるんだ」


 家庭教師の暗い声を聞いて、ジョシュは気まずそうな顔をしながらも励ました。


「もちろん、オレはおまえが悪いやつじゃないってわかってるよ。もしバレたら、あの怖いウェザリーのおっちゃんに怒られるんだろう? もちろん、ひみつにするよ。元気出しなよ。ルイスが幼い子に追いかけられてるのがちょっと面白かっただけなんだ」


 以前ルイスが調査したところ、この屋敷の人のほとんどは、ジェレミアではなくリーゼロッテのほうに心を寄せているように見えた。

 ルイスがいなくなればリーゼロッテが悲しむのは明白なのだから、みだりに本家に告げ口されるような可能性は低いだろう。


 ジョシュは人のよさそうな茶色の丸い目を、ルイスに向けた。


「でさあ、ちょっと話変わるんだけどさ。あの、大したことじゃないんだけど……」


 少年は手を止めると、なにか言いたげにためらっていた。先ほどから時折、ジョシュはルイスに言いたいことがあるそぶりを見せていた。よほど言いづらいことらしい。


 もじもじしていたジョシュだが、やがて意を決したように口を開いた。


「あのさ……。ルイスとカティヤって、恋人なの?」

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