51.たくさん観察するわ
しかし、
「僕のことはいいのですよ。そんなことは置いておいて、あなたの将来のために、もっと建設的なことをしませんか? お絵描きの紙をもう一枚用意しましょうか? よいお天気だからすこしお庭に出るのもいいですね」
ルイスはあからさまに話をそらした。話をそらしていることを隠そうともしないくらいに、この話題から逃げている。
(どうしてかしら……)
リーゼロッテにはその理由がわからなかった。
知りたいと思った。最近、ルイスのことばかり考えているから、彼のことなら何でも知りたかった。
彼の美しい黒い瞳が、暗い陰りをおびるのはつらかった。だからもうそれ以上、追及するのはやめにして、代わりにこうお願いした。
「わたしはルイスのことをもっとしりたいわ。お花や虫やとりを見るときみたいに、たくさんかんさつするわ。ルイスもたくさんお話してね」
リーゼロッテがそう言うと、ルイスはうなずいた。子どもの言葉に安心したのか、すっかりおだやかないつもの彼の表情に戻っていた。
ルイスはひざまずくと、子どもの手をとって、自分の両手で包んだ。
「それがいいですね。いいところだけでなく、悪いところもたくさん見てください。人にはかならずさまざまな側面があります。いろいろな角度から見て、できるだけたくさんの情報を得てください。僕のことだけでなく、これからあなたが結婚したいと思った相手は誰でも」
「だれでも?」
「そう、誰でもです。好きな人のことは冷静な目で見られなくなるものなのです。あとで『こんなはずじゃなかった』と後悔して欲しくないのです。こんなにかわいらしくて心優しいリーゼの夫となる人ですからね。美しい心を持ったとびきり素敵な男性でないとだめですよ」
そう言うと、ルイスはリーゼロッテを抱きしめた。母みたいな抱擁だと思った。
アリーシャはよく、がまんができなくなったかのように、リーゼロッテをぎゅっと抱きしめた。そんなときは、愛おしくてたまらない気持ちが、言葉がなくとも伝わってきた。
「これはお母様からの抱擁だと思ってください。もし健康な腕をお持ちだったら、お母様もどんなにかあなたを抱きしめてたいと思っていらっしゃることか。そうして、姿は見えなくとも、どんなにあなたのしあわせを願ってらっしゃることか。それをどうか、忘れないでいてくださいね」
それからルイスは、端正な顔をリーゼロッテの顔に近づけた。
(きれいなかおだわ……)
なんだか、しょんぼりしてしまう。こんなに美しければ、結婚相手なんて何人でも見つかりそうだ。だからリーゼロッテみたいな不器量な子はいやなのでは……と不安になってしまう。
「僕は教育係として、お母様からあなたをお預かりしている立場なのです。ですので、あなたがどうすれば幸福になれるかを、いつも心の中のお母様に問うています」
直接の雇用主であるジェレミアではなく、亡き母の名をルイスは挙げた。
どうしてかしらと、リーゼロッテはすこしふしぎに思った。
「できればあなたの望みならすべてかなえたい。この件に関して首を縦にふらないのは、あなたのためにならないかもしれないから。いや、いま決定してしまえば、後で必ず後悔します」
ルイスはリーゼロッテの頭をなでながら語った。大人としての愛情を、幼い女の子に示して見せていた。
「使用人は主人に己の欠点を隠して見せないものです。ですが、結婚相手となると、そうはいきません。最低限、僕の短所も問題点もよく知ったうえで、大人になったあなたがそれでもまだ結婚したいとおっしゃってくださることが条件です。その時には僕もまじめに考えましょう」
「うん、でも」
ルイスの真剣な気持ちは伝わった。わからないことだらけだけど、彼の言葉を信じてみようと思った。
リーゼロッテはルイスの瞳を見つめた。
「いなくならないでね。ぜったいに、ぜったいにそばにいてね」
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