45.けっこんしましょう

「ルイス、けっこんしましょう!」


 変えたのは、リーゼロッテだった。ある時から急に、彼女がルイスに熱心に求婚するようになったのだ。


「けっこんしてかぞくになるといいわ。もう、げしゅくにかえらなくていいのよ。ここでずっとなかよく、いっしょにくらしましょうね」


 返答に窮する家庭教師の手をとって、女の子はにっこりと微笑んだ。素敵な思いつきでしょう? と信じ切っている表情で。


「おままごとをしているおつもりなのでしょう。お姫さまになりたい、お嫁さんになりたいと、幼い子はみんな自由気ままに言うものです。ふつうのことですわ。そんなに深刻にならなくても大丈夫ですわ」


 エステルは、家庭教師を安心させようと懸命になだめている。

 有能な新入りのおかげでせっかく屋敷がうまくまわりはじめたのに、彼がここを辞めてしまうのではないかと恐れているのだろう。

 ルイスの存在がリーゼロッテの精神の安定と直結しているから、だけではない。屋敷の切り盛りもできる有能な使用人となれば、メイド長代理としては決して手放したくはないはずだ。


 青年は低い声でこたえた。


「もちろん、本気ではいらっしゃらないのでしょう。早く飽きてくれればそれでいい。ただ急にあのようなことを言いだすのは不自然ですし、誰かが変なことを吹きこんだとしか思えませんが」


 まずい。

 視線をそちらにやらないようにしながらお茶を飲む。温度も味もわからない。


(あたしだって困らせようとしてしたことじゃないわ。なんでこんなに悩まなきゃいけないの?)


 ほんの軽い気持ちだったのに。

 大したことではないと考えていたが、あの二人の反応を見るうちに、不安は広がっていく。


(あいつらがあんなに思いつめるほどのことだったの? もしかして、あたしめちゃくちゃやばいことやらかした……?)


 ささやかな子ども相手の冗談なのに。遺産がどうのと、どうしてそんな話になってしまうのだろうか。


(ジェレミア様だってそこは子どもの冗談だと笑って受け流して……はくれないか、あの性格だもんね……)


 ああ、あんなに望んでいたことだったのに! いけすかない新入りを、やっと困らせることができたのに。

 ルイスがこのことでジェレミアの不審をかい、解雇されるなら望むところだ。

 だけど、その原因をカティヤが作ったことがばれたなら、共倒れになる


 ルイスが解雇になればエステルは激怒するだろう。ジェレミアに「カティヤというメイドの不適切な発言により、お嬢様が使用人との結婚を考えるようになられました」とでも言いつけられたなら、クビになるのは家庭教師だけでは済まない。

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