44.家庭教師の困惑
「どう対処すべきなのでしょうね……」
そうつぶやくルイスの重苦しい声を、離れたところで紅茶を飲んでいたカティヤは、聞こえないふりをしてやりすごした。
現在、昼過ぎの使用人控室にいるのは三人。向かい合って昼食をとりながら仕事の話をするルイスとエステルと、ふたりから離れた片隅にちんまりと身を置くカティヤと。
リーゼロッテの昼寝の時間帯には、この二人もよく控室にいることをカティヤは失念していた。
主の身の回りの世話を担当することの多い三名だ。休憩時間が被りがちなのは必然ともいえる。
困った。どうしよう。逃げたい。
本日の使用人の昼食は、豚肉とキュウリの炒め物にコケモモのコンポート添えだ。先に昼食を済ませた者たちはみな満足げな表情だった。
それを家庭教師はやけにのろのろと口に運んでいる。ときおり、重苦しい息を吐きながら。きらいな食べ物などないと言っていたのに。料理長が見たらさぞ気を悪くするだろう。
ルイスの前に席をとったエステルは、こちらもフォークを持つ手が止まりがちだった。カティヤからはちいさな焦げ茶色の後頭部しか見えないが、どうも困惑しきったようすで、彼をなだめる言葉をさがしているようだった。
「きっと、お嬢様もほんのきまぐれでいらっしゃるのでしょう。すぐにあきますわ」
「そうですね。そうだといいのですが」
同意しながらも、ルイスは浮かない表情だ。
「即クビでしょうね。お嬢様が新入りの使用人に結婚を申しこんだなんてことがバレたら。僕がよからぬことを吹きこんだと疑われる可能性が高い。ジェレミア様は、遺産を狙うものがお嬢様に近づかないかを、しきりに気にかけておられましたからね」
そう語りながら、キュウリのかけらを口に運んだ。
「下手したら、ブライトウェル家が策略をもって僕を送りこんできたと勘繰られる可能性すらあります。両家の関係はよいとはいえませんし、一時期に比べたら持ち直したとはいえ、ブライトウェル家の資金繰りが順調ではないことは周知の事実ですから」
ルイスとリーゼロッテとの関係は、いたって良好であった。信頼しあう主人と従者であり、熱意のある先生と向学心のある生徒でもあり、仲睦まじい友人同士でもあった。
しかし、ある日からそれが一変した。
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