48.リーゼロッテの夢

「ルイスはわたしとけっこんして、ここにすむといいわ。わたしと同じ、二かいをつかってね。おへやはいっぱいあるもの。エステルも、カティヤも、ミヤも、みんなでくらしましょうね」


 クレヨンを握り、居間のテーブルの上でお絵描きをしながら、リーゼロッテはすこぶるご機嫌だった。口の端をにっこりとあげて、好きな人やものを、思いつくままに画用紙に描き加えていった。


 ルイスはいつもの微笑みとともに子どもの言葉を聞いていたが、反応はあいまいなうなずきにとどまっていた。彼女の提案にはっきりと賛同することはなかった。


「テーブルには、きれいなぬのをかけて、おはなをかざりましょう。しろいぬのがいいかしら、お花がらがいいかしら? かぞくになったら、ルイスも、わたしといっしょにごはんをたべられるわね。パルムのせきもつくってあげましょうね。そうして、こねこをかうの」


 どんなに仲よくしても、使用人とは同じ食卓で食事ができないことが、不便だし、おかしいと思っていた。同じ階で生活することだってできない。

 大人になって結婚したら、いっしょのテーブルで同じ食事を食べることができるのだ。これはおいしいとか、これはきらいだとか、スープが熱すぎるとか、なんでも好きなことを語り合いながら。

 なんて素敵なのだろう。


 パルムは背が低いから、脚の長い椅子に座らせてあげよう。でも彼は、テーブルの上にぺたんと座ってるのが好きな気がする。意外と寂しがりな子だから。

 子猫をお迎えしたら、その子にも椅子がいるかしら? 自分だけ椅子がないと、仲間外れにされたと思うかしら?


 でも子猫が食卓でご飯を食べたら、カティヤがいやがるかもしれない。彼女は、動物がきらいだもの。

 それなら、大きなテーブルを二つ用意した方がいいかもしれないわ。カティヤと子猫は、別々にしたらいいんだわ。


 空想に夢中になるうちに、ふと、気になったことがあってリーゼロッテはたずねた。


「ルイスは、こねこはすきよね?」


 そう言えば、彼の好みを確認していないことにいまさら気づいたのだ。

 ルイスは笑ってこたえた。


「好きですよ。犬のほうがもっと好きですけどね」


「まあ」


 それは考えていなかった。てっきり彼も、猫が一番好きだと思いこんでいた。

 勝手な思いこみで物事を決めようとしていた自分の幼さが、すこし恥ずかしくなった。


「じゃあ、いぬもかいましょう。いいのよ。わたしもいぬもすきだもの」


 そううなずきながら、画用紙の中に、ピンクのクレヨンで犬を描きこんだ。ピンクの犬がいるかどうかは知らない。たぶんいない気がしたが、リーゼロッテはそんな犬がよかった。


 自分が猫がとりわけ好きだから、ルイスも猫が一番好きだと思いこむのは、子どもじみていたと思う。早く彼と肩を並べられるほどに成長したいのだから、こういうところは直していかなくてはいけない。


 ルイスは子どもが絵を描く様子を見つめていたが、ふと思い出したように口をひらいた。


「ブライトウェルのお屋敷に大きな犬がいて、よくなついてかわいらしかったので、犬が好きになったのですよ。むくむくと毛足が長くて、クッキーみたいな毛の色をしていて、年をとったおだやかな性格の犬です。きっとリーゼを見たらしっぽをふって歓迎してくれるはずですよ」


 リーゼロッテの青い瞳が、きらりと輝きを帯びた。


 むくむくとしたクッキー色の犬……! しっぽをふって歓迎……!


「公爵家のみなさんはあなたを気に入ってくれるでしょう。公爵さまには十歳になるお嬢さまもいらっしゃいますし、楽しい思い出ができるかもしれませんね。そのうちに機会があればいっしょに会いに行きませんか」


 ルイスは再度、ブライトウェル家にリーゼロッテを誘った。


 リーゼロッテの心はゆれた。

 ひとなつこい犬に会いに……。

 もふもふしたクッキー色の体毛と、独特の獣臭さまでがイメージできた。

 

 ああ、なんて素敵。 

 でも……。


「……いきたいわ。でも、わからないの」


 力なく返答した。

 母の実家には魅力がたくさんあることはわかったが、行く決意はまだできなかった。犬は歓迎してくれても、親戚たちはどうだろう?


「ちょっとかんがえさせて」


 ルイスはうなずいて笑って見せた。彼は、たびたびリーゼロッテを屋敷の外の世界に連れ出そうとした。きっとそれが、リーゼロッテのためになると思ってのことだろう。


 しかし、リーゼロッテは迷っていた。屋敷の外には、怖いことや、傷つくことがあるのではないかと思うと、足がすくんでしまう。

 青年のほうも、無理強いをすることはなかったため、この問題は保留となっていた。


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