39.我々のお嬢様は魅力的なのだ
またいつもの悪ふざけかと思ったが、冗談で言っている口ぶりではなさそうだ。
リーゼロッテがやさしい子どもだというのには同意だが、屋敷の外でも広く人の心を掴むほどだろうか……? どちらかというと気弱で自己主張が苦手で、もっとはっきり言ってしまえばうじうじしたタイプだとカティヤは思っている。
いい面があっても、それをうまく表現できるような子ではないのに。
(こいつ……親ばか……? というか、教師馬鹿……?)
むくむくと不安がわき起こってきたが、同時に「ちょっとだけ、こいつを信用してもいいのかも」という思いも生まれた。
ただの直観だが、リーゼロッテの名前を呼ぶ時だけ、彼の声の色がわずかにちがう。なんといえばいいのだろう、蜂蜜をなめたような音になる。
「愛情深くていらっしゃるという点で、お嬢様はとても奥様に似ておいでです」
そう語るルイスの声も、常とは別のもので構成されているように感じられた。
「つらい経験がつづいたためにいまは自信を失ってなにかと萎縮しておられますが、外部に赴いて親しい方を作るのがよいように思います。いずれ、使用人だけでなく名のある方々がご助力くださるようになれば、お嬢様のお力になるかと。まずはブライトウェル家の皆様や……」
「まあ!」
青年の言葉をさえぎりエステルが叫んだ。
「夢みたいですわ。公爵様のような立派な方々にお嬢様のお味方になっていただけたら、なんて心強いの! ああ、神様」
エステルは信心深い。
ルイスがこの屋敷に来て事態が好転したのも、己の熱心な祈りがとうとう神に認められたからだと信じていた。
「血のつながった親戚だということに加えて、貴族の方々にとって、気の毒な境遇にある人を救うことは社会的義務でもありますからね。世間体を考えても、親のない子どものことはそう無下にはできないはずです。両家の関係はあまりよくありませんが、幼い姪のことまで恨んで悪く扱うような方々ではありませんので、安心してください」
なるほど……。それはたしかにリーゼロッテにとっていいことかもしれない。
たとえば奥方が心配していたように、将来リーゼロッテがジェレミアの決めた相手と結婚を強要されたとする。そうなれば使用人がなにを訴えても止めることはできないだろう。
しかし、ブライトウェルの人々なら? 公爵が姪の結婚に強く反対して口出しをしてきたら、ジェレミアとて一蹴するわけにもいかないだろう。
味方してくれる人ができたなら、そのぶんリーゼロッテの身辺で争いも増えると予想される。それはそれでつらい思いをするだろう。
だが闘わないということは、人生のすべての選択を本家の決定にゆだね、だまって言いなりになることを意味する。
カティヤは折り曲げた人差し指を唇の下に当てて考えこんだ。
ウェザリー本家の子どもたちは使用人に対して傲慢にふるまうと噂に聞くが、リーゼロッテにはまったくそういう部分はなかった。アリーシャがそうだったように。
何日か前に、リーゼロッテは自ら摘んだ庭の木苺を籠に入れて、使用人ひとりひとりに配って回っていた。彼女はとてもしあわせそうで、得意げで、ずっと笑っていた。
いつも世話を焼かれる立場なので、自分が誰かの役に立てることが、うれしくてしょうがないらしい。
もっとも、気難し屋のボイド夫人の部屋の扉を開けるときだけは、しばらく怖気づいたようにためらっていたが。
「あの婆さんにはあげなくていいですよ。どうせ嫌味いうんだから」と止めたが、彼女は首を横に振った。
「ひとりだけなかまはずれにしては、かわいそうだわ」と言って、意を決したように扉を開けて入っていった。そのちいさなうしろ姿が目に焼き付いている。
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