40.団結
将来のリーゼロッテに定められる結婚相手は、きっとウェザリー家にとって役に立つ者であるだろうし、財産も権力も持っているだろう。
(それならよくない? お金より大事なものってある? 財産もたいした愛もないのになんとなくの妥協で結婚する人だっていくらでもいるのに。じゃあ、お金がたっぷりあるだけで十分じゃない?)
そう思いつつも、アリーシャやルイスの不安もわからなくはない。
金はあれど妻を大事にする夫だとは限らない。気の合わない相手と添いとげることになるかもしれない。ジェレミアが疎遠な妹のためにそんなことまで考慮してくれるとは思えない。
なにが正解なのかわからないが、リーゼロッテが嫌だと思った時に選択肢がないのは、たしかに怖いかもしれない。
いまから彼女の味方を作ることは、多少なりとも保険にはなるだろう。
最後にルイスは、リーゼロッテのために秘密裏に四人で手を結ぶことを再確認すると、こう言った。
「一介の使用人の身ですがブライトウェル家では十年勤めてきたので、それなりの信頼は置いていただけていると思っています。まず僕は、このご縁をお嬢様のお力にかえるべく尽力します」
エステルが、祈るように組んだ両手を握りつぶしそうなほど力を入れているのが見えた。
ミアは半ば話についていけなくなっていたが、しきりにうなずいて心は同じであることを示していた。
しかし、カティヤはまだ迷っていた。お嬢様の運命ってそこまで悪いもの?
ジェレミアに従っていたら、富も権力もある名家の男と結婚できるだろうに。代わって欲しいくらいだ。
ほぼ貧民窟といっていいほどひどく貧しい下町に生まれたカティヤの周辺では、結婚は生きていくための手段のひとつにしかすぎなかった。貧しい境遇に置かれた女性たちにとって、そこから抜け出すほぼ唯一の方法は、豊かな財産を持つ男性に見初められることであった。
たいていは愛人として、できれば正妻として。日々の食事に事欠かない待遇を得ることが望みだった。
メイドとして生計をたてているいまだって、将来の夢はできるだけ早く裕福な男を捕まえて、働きづめの労働者階層から抜け出すことだ。
結婚とは生きるための手段であり、そのため財力が最重要事項であった。
(愛なんて、信じられないわ)
女たちも、男たちもそうだった。美しい愛人を得ても、さらに若くて美しい女が手に入れば、あっさりと捨てた。そういうふうにまた貧しい暮らしに舞い戻る女たちも少なくはなかった。だからカティヤは、圧倒的な美しさが欲しかった。
人間など打算で動くものだし、相手への無償の愛を謳う者など信用できなかった。ルイスに対して冷たい理由のひとつでもある。恩返しのためとはいえ我が身を捧げる者などいるものかと。
リーゼロッテのような、貴族の血を引いている上に莫大な富を所有する娘が、権力も財力もない気のいい男と結ばれたいなんて言い始めたら、それこそカティヤからすると馬鹿げている。
(あたしならそう思うけど。でも奥様はそう思っていないようだったわ。たぶんお嬢様もそういうタイプじゃなさそう)
でもでもお金と地位より大事なものってある? 愛とか、思いやりとか? お金持ちになれば愛人だって囲えるでしょ。
富豪の愛娘であるリーゼロッテと、公爵の娘であるアリーシャ。カティヤとはあまりに生まれも育ちもなにもかもがちがいすぎて、その価値観を想像することはむずかしかった。
あたしじゃない人の心なんてわかんないわよ。
あたしならお金に不自由しない暮らしができるなら、それが一番だわ。
でもお嬢様は……。将来はわからないけど、いまのまま育ったなら……うぅん、なんというか……あたしみたいなタイプにはならなそう。
ああ、もう頭がぐっちゃぐっちゃになりそう。
もうもう知らない!!
わかるのは、あたしが奥様とお嬢様のことを好きだってことだけだわ。
眉間にしわを寄せて悩むカティヤ、真摯なまなざしのミア、決意を固めたようすのエステル。
ルイスは三人の顔を見渡すと、いつになく力をこめて言い放った。
「お嬢様をウェザリーの人々の思い通りにはさせません。奥様のお心を生かしてみせます。お嬢様の……リーゼの人生は本人が決めることです」
ひみつの会議は終わった。リーゼロッテがそろそろ起きる時間だ。エステルとミアが持ち場に戻ってゆく。
ルイスは皆の資料を回収すると、それらをまとめて、置き忘れがないかどうかを念入りに調べていた。
静かに部屋を出て行ったふたりのメイドにつづいて、カティヤがゆっくり仕事に戻ろうとしていると……。
「カティヤ」
背後から、ルイスが呼び止めた。
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