38.リーゼロッテのために

「ご覧のように、奥様とジェレミア様はお嬢様の教育方針を巡って対立しておられたようです。いま僕たちと雇用の契約を結んでいるのはジェレミア様ですが、その指示に従うばかりでは、奥様のご遺志に背くことになると思いませんか」


 たしかにこれまでジェレミアが選んでよこしてきたリーゼロッテの教育係は、そろって厳格で融通の利かないタイプだった――とカティヤは思い出していた。

 なにが子どもの教育にいいかなんてさっぱりわからないけど、彼女たちがリーゼロッテと相性が悪かったことは明らかだった。


「私の心はいまも奥様とともにありますわ」


 エステルが切々と訴えた。


「お嬢様が病の床にいらしたときに、一度もジェレミア様がお見舞いに来てくださらなかったことを忘れていませんわ。たくさんいらっしゃるご兄弟たちだって、ただのおひとりも! あまりにおかわいそうで、悔しくて悔しくて……。そのようなお方にお嬢様のことを任せるのはいやです」


 華奢で小柄な彼女だが、きっぱりと言い放った。


「あ、あたしもです……」


 おずおずと、ミアが同意した。


「あの、あたしばかだし、むずかしくてよくわかんないですけど……。お嬢様がいまみたいに元気で、いっぱい食べてくれて、笑ってくれた方がいいですもん。ジェレミア様より、ルイスさんといるほうがたくさん笑ってるから、きっとその方が、お嬢様にとって、いいんだと思います」


 あまり自分の意見を述べることのない彼女だが、たどたどしくも懸命な口ぶりで語った。彼女なりに、リーゼロッテのことを考えて、結論を出したのだろう。


 カティヤだって、何年も側で成長を見守ってきたリーゼロッテを想う気持ちは、ふたりに負けていないつもりだ。

 出遅れたのは悔しいが、みなの視線が注がれているのを感じて口を開く。


「あたしだって、そうしたいわよ。ジェレミア様っていけすかないのよ。なんていうの? しきたりにやかましいし、家にとって損か得かでしか物事を考えないしさ。あんな堅苦しい人にこの屋敷を取り仕切られたら、刑務所か修道院みたいになっちゃうわよ」


 でもさ……と彼女はつづけた。


「たかだか使用人にできるの? 奥様の代わりが?」


 その言葉を聞いて、ルイスは表情を和らげた。


「代わりというのはおこがましいので、お志を引き継ぐ立場だと申しています」


「同じようなもんでしょ」


「ひとりでは無理でしょう。ただここには、お嬢様のためなら我が身を顧みないほどの者が四人もいます。なにか見えてくるものがあると思いませんか?」


 試すような物言いが気に入らず、カティヤはそっけなく返した。


「なによ」


「これだけの使用人から深く慕われているのは、お嬢様の心根がお美しく、魅力があるからでしょう」


「え……」

 

 お美しく……魅力がある……?

 別に、まちがっているわけでもないけど……。


 もし使用人に威張り散らすような傲慢な子どもだったなら、カティヤとて将来がどうなろうが知ったことではなかった。リーゼロッテがやさしく接してくれるから、こちらも好意を持つのだ。


 それがなんだというのだろう。


「言い方が回りくどかったでしょうか。屋敷の外にもお嬢様の味方になってくださる方がいるはずです。この屋敷だけでこれだけもいるのですからね」

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