30.カティヤの推理

 それにしても無関心すぎやしないか?

 若い女性、それもこれほどの美女が声をかけてやっているのに、あんな態度をとるのはさすがに無礼ではないか……。

 次第にイライラが抑えきれなくなってきた。すこしくらいはうれしそうな顔をしてもいいだろうに。


 よほど女に慣れてないのかしら……ともどかしくなってきて、いよいよ直球で誘いをかけることにした。


「お仕事がおわったら、こっそりあたくしの部屋にいらっしゃいません? おいしいお酒もありますの」


 下目づかいを駆使しながらなまめかしい声を出してみた。これだけ言えば、どんなに鈍感でも理解するだろう。

 するとルイスは、いつもの微笑みを浮かべたままてきぱきと答えた。


「ありがたいご提案ですがもう下宿先に帰ります。ジェレミア様に『必要以上に屋敷にとどまるな』と言われていますので」


 そう言うなりさっさと背を向けて、カティヤを置いて立ち去ってしまった。

 ここまでくるとカティヤも、明らかに拒否されているのだと認めざるを得なかった。

「ふられた」と認めた直後から、カティヤのほのかな好意は憎しみへと変貌した。


(お高くとまりやがって! 顔がいいからちょっと遊んでやろうと思っただけなのに。こっちだって安月給の男なんてお断りよ! 元貴族の従僕だかなんだか知らないけどえっらそうに) 

 

 カティヤの憤りとは裏腹に、彼は屋敷の人々の心をつかんでいた。

 リーゼロッテに対する献身的な態度によって、まずエステルの信頼を得た。それから魔法のパルムの姿を使って、リーゼロッテ自身の深い信頼も。

 もともと他人を疑うことのない単純なミアは言うに及ばずだった。

 

 それからルイスは、屋敷の使用人たち皆と親しもうとしているように見えた。カティヤに言わせると「取り入っていた」ようだった。

 料理長や御者、門衛、護衛らには酒を、メイドたちには服飾品を、庭師の一家には鶏肉を渡したと聞く。そしてわずかな隙を見ては彼らの仕事をまめに手伝った。


 現在の屋敷の使用人の最高権力者は、メイド長代理のエステルではない。家令のような立場にあるデビー・ボイドという八十ほどの高齢の女性だった。皆からはボイド夫人と呼ばれている。

 しかし彼女は腰と膝が悪いため部屋にこもりっきりで、眼鏡をかけても字を読むのが困難だという理由で事務仕事もすることはない。帳簿の管理もエステルに丸投げしていた。


 専属のメイドをひとりつけて自分の世話をさせ、一階の客室近くのよい部屋を占領して、編み物や昼寝などをして悠々と暮らしていた。

 それでいて、退屈すると若い者たちに小言を言いに出てくるため、他の使用人たちからはたいそうきらわれていた。


 ボイド夫人はリーゼロッテの父がまだ貧しい頃に世話になった親類らしく、ウェザリー家繁栄の手助けをしてくれた恩人らしい。たとえいまは無為に給金を食いつぶしていようとも、ジェレミアとしても強くは出られないらしい。

 夫人の子や孫たちは大勢いるのだが、誰もこの陰険な老女に近寄ろうとはせず、いつまで経っても自分の家に迎え入れようとしないため、ボイド夫人のほうもすっかりへそを曲げてしまい、ますます気難しさだけが増していた。

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